{文化祭3日目正午 中庭} 「嘘だろ……なんで俺たちが二位キープしてんだよ」 ちなみに、現在の第一位は第二位に大きく点差をつけて、昨年の優勝候補、ドイツ・イタリアペアであった。それにしたって二位は二位だ。 第二次選抜第二位。首位のカップルとくじ引きで最終決戦に臨む名誉ある立場である。すなわち、運さえ悪ければ(良ければ?)疑似結婚式なるふざけたイベントに駆り出され、末代まで恥をさらさねばならない。 中庭を見上げた生徒会長は、かわいそうにあんぐりと口を開けて、しばらく全校生徒の好奇の目にさらされながら立ち尽くしていた。 「あれが効いたんじゃねーあるか。二人してカメラを撒いて生徒会室に――」 「あっ、あんなん十五分程度だったろうが!」 「なら、中で何してたのか詳細に言ってみるよろし」 レンズ越しに見たイギリスの顔がかわいそうなほど真っ赤に染まった。その様子はもちろん、彼の背後の大モニターにも映し出されている。いたたまれなくなって中国はカメラを下ろした。 「三位との点数差は微妙あるね。大丈夫、これから美国に会わなければ、これ以上点数が上がることは……」 三位はオーストリア・ハンガリーペアであることだし。 言った傍から、「兄貴ーっ!」という不吉な声が聞こえた。 いや、中国にとって確かに韓国の声は不吉だが、今はイギリスにとっても不吉なのである。 「逃げよう」 がしっと肩を掴まれて、思わず頷いてしまった中国は、テレビクルー失格なのだと思う。 「ちょっ、なんで逃げるんですか兄貴!」 相変わらず能天気な韓国の声に続けて、やれやれとでも言いたげなアメリカの声が続いた。 「ほっときなよ」 ちらりと振り返って見れば、彼もまた、自分たちが二位につけていることに気がついたらしい。どうにも形容しがたい複雑な顔をして、口をへの字に曲げていた。 「ほら、やっぱりアメリカの奴も俺とカップルとか結婚式とか、そういうの嫌なんだろ……」 自分から逃げたくせに、ぐずぐずと愚痴を零す姿は非常にみっともない。先程のアメリカの態度に、一丁前に傷ついているらしかった。 仕事上、そんな彼の姿もカメラに収めなければならない中国は、「みっともない」と指摘しようか否か迷った挙句、結局ため息をついて、俯きがちな後頭部を映すのみに留めた。 「なんとか言えよバカァ!」 そんな中国の優しさもまったく解さず、涙目ながらも眉を吊り上げて生徒会長が振り返ったので、中国は呆れ返ってもはやフォローする気にもなれなかった。 「あー、そうあるね。あんな羞恥プレイ喜んでやるカップルはなかなかいねーあるよ」 「くそ……っ、だったらいっそ最下位だったらよかったのに」 何がベストカップルだよ、お前らの目は節穴か、と八当たりされる。 そのあまりに自暴自棄な態度を、やはり冷たくあしらうことができなかった中国は、年長者として冷静に立ち回ってやることにした。 「照れてるだけじゃねーあるか? お前ら二人とも、素直じゃないから」 その姿がとても、我には微笑ましく見えるあるよ、と。 「そうかぁ?」 「そうそう」 にこりと笑ってやったのに、イギリスは疑い深げな顔のまま、勝手に結論を出した。 「……いや、あいつは絶対、俺のことからかって遊んでるだけなんだ」 そこまで決めつけるなら、初めから中国に意見を求めるな、と言いたい。 「俺だけこんなにあいつのこと好きでさ……、あいつがこんなにしたくせに……ずりぃよ……」 泣きが入り始めた。ああ、もう本当にこの自信のなさは厄介だ。アメリカが自分の気持ちをきちんといつも伝えないのがいけないと思うけれど。 「ほー、そうか、お前は美国に絆されたあるか……」 思いもかけず二人のなれ初めが聞けて、笑ってはいけないと思いつつも、どうしてもによによしてしまった。それがプライドの高い生徒会長の気に障ったらしい。自分から言ったくせに、という不平は今の彼には通用しない。 「うるせぇな悪いかよっ! どうせ俺はバカだよ変態だよ、弟にからかわれて遊ばれて、本気になって……」 アメリカのバカ、と叫んだ声は、マイクのキャパをオーバーしてしまって、音が割れる。 ずかずかと、中国を置いて先に行ってしまうから、中国は慌ててその後を追った。目的もなく廊下を突き進んだ彼は、やがてはっとしたように歩を止めた。 「――ちょっと君、黙って聞いてれば言いたい放題言ってくれるじゃないか」 廊下の曲がり角には、腕組みをして壁に寄りかかったアメリカが立っていた。まるでその体は待ち伏せをしていたかのようだ。いや、韓国が口にガムテープを貼られていたから、本当に待ち伏せしていたのだろう。誤ってもあのバカが「兄貴ー!」とかなんとか叫ばないように。 「……あ、アメリカ?」 くるりと身を翻しかけたイギリスの腕を、がしっとアメリカが捕える。 もはやカメラは二台もいらないだろうと判断した中国は自身のカメラを下ろし、空いた手で韓国の口を解放してやった。 「な、何が言いたい放題なんだよ」 「何がだよだって? 君は本当にバカだね! 今まで君が中国に零した愚痴全部、生中継されてるってもう忘れたのかい?」 「……あ」 「あ、じゃないよまったく……! 君が忘れん坊で迂闊なせいで、俺まで恥かくんだぞ、いい加減にしてくれよ」 あーあーみっともない、と心ない罵倒が続く。先ほどまでに既に涙腺がずいぶん緩んでいたイギリスは、耐え切れずぶわっと涙を零した。 「……わ、悪かったな恥かかせてよ! もう、こんなクソ企画が終わったらお前なんかとおさらばだ! よかっただろ清々したな!」 「ああもう! だから! どうしてそういう話になるんだよ!」 「俺なんかとセットで扱われるのは恥ずかしいんだろ! 離せよ!」 イギリスは、掴まれていた手を乱暴に振り払った。貧弱そうな彼だが、いざとなれば強いのである。 「恥ずかしいのは君のその態度だろ! 場をわきまえなよ、カメラがいるって見えないの? 衆人環視の中でみっともなく泣いちゃってさ!」 それはひどい、と中国は思った。イギリスは他ならぬアメリカのことで泣いていたのに。 イギリスの心にもその言葉は突き刺さったのだろう。 「最低だお前! 俺のこと弄んで楽しいかよ!」 おそらく渾身の力で振り上げられたのだろう拳が顔に直撃する前に、アメリカはイギリスをぐっと抱き寄せた。 「……え」 困惑したように、下ろす場所を失った手が彷徨う。 「誰がいつ、弄んだって?」 「……お前、俺のことなんか好きじゃねーんだろ……」 「……俺は、君のことを『好きだ』と言った覚えならあるけど、『好きじゃない』と言った記憶はないぞ」 「……だって、お前、冷たいし……」 「そ、そんないつも優しくするわけにいかないだろ、どうして言わないとわかんないんだよ、ほんとに君はバカだな……!」 これだから君は、すぐ周りが見えなくなって嫌なんだよ、とアメリカは続けた。 「とにかく、君が泣いたり、俺にメロメロな顔したり、そういうの他人に見られるの嫌なんだ」 観念したように、声を落としがちにアメリカは言った。本当はこんなことを言うのは恥ずかしい、という若者の葛藤が全身からにじみ出てくるかのようだ。 「なんでだよ……そんなん、俺の勝手だろ……」 「ダメだよ、君は俺のものなんだからね……!」 その無茶苦茶な告白を聞いた瞬間、イギリスが怒気を抜かれたように、アメリカの背に腕を回した。 「なんだそりゃ……」 ああ、第二次選抜終了まであと四時間もない。抱き合ったまましばらく動こうとしない二人を見ながら、これでもう二位は決定的だな、と中国はほてる顔を扇ぎながら思った。 裏に続きの5.5がございます。 飛ばしてもストーリーはなんとなくわかるのでまったく問題ないです。 (2008/4/26)
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