しばらくむっつりと押し黙っていたイギリスは、三十分が経過した頃、徐にソファから立ち上がった。 やれやれと肩をほぐすように首を振って、中国に笑いかける。 「茶でも飲むか?」 「烏龍茶で」 「ねぇよ」 「なら茉莉花茶」 「はいはい、オレンジペコな」 どうあっても自流の紅茶にこだわる俺様なイギリスに、中国はため息をついた。 別にいい。ジャスミンティーなら、アジアクラスの後輩に淹れてもらった方がはるかに美味しいだろうから。 「英国……何があったあるか? 美国の奴と、何か……」 ケンカでもしたのか、そう続けるはずだった中国のセリフは、突然イギリスが慌てふためいて空のケトルを落下させたことで遮られた。 「何やってるあるか……」 呆れながら見れば、イギリスの頬は真っ赤に染まっている。 ――ああ。 これ以上突っ込むのはよそう、と中国は思った。テレビ的には、いい画が撮れたと思うのだけれど。 「ちょっと寒いあるな。そろそろ窓閉めたらどうあるか」 「いっ、言われなくても今閉めようと思ってたところだよ!」 窓へと駆け寄る途中、机の角に足をぶつけて悶えているイギリスをうまくフレームアウトしてやりながら、中国は自分でお茶を入れるべく、カメラを机に置いて、給湯室へ向かった。 「ひどいじゃないかアメリカ! サボッてるのは君なのに、なんで僕が怒られなきゃいけないんだい!」 宣言通り、しばらく経ってからトイレを出てきたアメリカは、何事もなかったかのようなしれっとした顔で、また文化祭真っただ中の浮ついた雰囲気の中に溶け込んでいった。 「カナダー、君ちょっと空気読みなよ。あそこは、くだらない仕事なんて君が肩代わりして、場を盛り上げてくれるところだろ」 「空気読めなんて君には言われたくないよ!」 「ああもううるさいなぁ、悪かったって。だから今こうして付き合ってあげてるだろ」 前を歩く二人は本当にそっくりで、ぱっと見では区別がつかなかった。ただ、言いようのない存在感と威圧感を放っているのがアメリカで、そうでないもう一方は、今にも消え入りそうなほどの気配しか放っていない。 ああ、また名前を忘れてしまった。 「僕が友達いないみたいに言わないでよ!」 「だって君、顔も名前も覚えられてないじゃないか」 本当に、と韓国は心の中で頷いた。本当に頷いたら、「カメラは固定!」と中国にどつかれた苦い過去があるからだ。 「名前くらいは覚えられてるよ! バカバカバカ! 人が気にしてることを――」 「あーもうわかったよ、アメリカンドッグくらいなら奢ってあげるんだぞ」 どうやら二人はアメリカンドッグを買いに行くらしい。 韓国は自身の腹が鳴るのを聞いた。 この機会に韓国も一本いただくとしよう。 「やあ、セーシェル」 「あ、アメリカさん」 「どうだい、売れ行きは」 「正直ビミョーっスね。だいたい、なんで生徒会がアメリカンドッグ売らなきゃいけないんすか?」 「ロシアが『今年はアメリカくんにでも適当にやらせればいいよ』って言ったからだぞ」 当のアメリカは企画だけ出して消えたのだろう。 手伝わされているのは皆、生徒会長の植民地たちだ。 その一人である少女は、今やっと気がついたというように、アメリカの隣に目を向けた。 「はじめまして、私はセーシェルです」 やっと気づいてもらえた、とでも言わんばかりの笑顔が眩しい彼は、よく見れば見るほど、アメリカと同じ顔の造形をしているのが信じられないほどだ。 「セー……? えと、ごめん」 「セーシェルです。いいんですよ、私のこと知らずに死んでいく人の方が多いんですから」 「あ、いやいや! なんかうっすらそんな名前をイギリスさんが口にしていたようないなかったような記憶はあるよ! ごめん、なんていうのかな、すごく……」 「すごく?」 「すごく親近感が湧くんだけど!」 「マジっスか! アメリカさんのお友達にして、この気持ちが分かる人はなかなかいないっスよ! ええと……」 「僕はカナダ!」 「カナダさん! うぉ、すげぇ! なんか名前は聞いたことあるー!」 「そうだよね! みんなそう言うよハハハハ……」 ああ、カナダさんか、と韓国は何度目かにして思った。 (2008/4/2)
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