永遠に閉ざされたかにも見えたそのドアが、唐突に開いたものだから、韓国と中国は思い切り、後頭部を強打するハメになった。
「何、そんなところに座って仲良くおしゃべりしてるんだい」
 仕事しなよ、くつろぎすぎだよ! と咎めるような声が降ってきて、中国は見るからに見当が外れた際の途方に暮れた顔をしていた。
「え? え?」
 彼が考えていたことなら想像に難くない。現に韓国も、当然アメリカがイギリスを引き連れて立てこもった以上、一時間は出てこない、早くて三十分、と踏んでいた。
 ちらり、と腕時計を見やれば、十五分とはこれまた、記録更新だ。
 生徒会室の中には、不機嫌そうな顔をしたイギリスが、開け放たれた窓の外を睨みつけながら、ソファに腕組みをして鎮座している。
 痴話喧嘩でもしたのだろうか、と暢気に考えながら、韓国はテレビカメラ片手に立ち上がった。
「じゃあ兄貴、また」
「あ、ああああ……?」
 状況についていけないらしい中国は、爽やかな韓国の挨拶にも、意味をなさない母音しか出せないでいる。
 アメリカはどこかイライラとした落ち着きのない様子で、早足に廊下を進んでいってしまうから、韓国はそんな兄貴分の様子も十分に案じられないまま、小走りでその背を追いかけることとなった。
「アメリカァ! どこ行ってたんだよ!」
 南北アメリカクラスの側まで戻ってくると ピンク色のエプロン(といっても幼稚園の先生が着ているような、幼稚でかわいらしいものだ。アメリカが先ほどまで身につけていたものと色違いのようだったから、クラスで用意したのだろう)を脱ぎ棄てながら、つかつかと足音も高く歩み寄ってきたのは、アメリカにそっくりの男子生徒であった。韓国には、とんと見覚えがない。
「やあカナダ。相変わらず君は、そういう格好が似合うね」
 ――あ、カナダさんか……。
 前言撤回。良くも悪くも、世界に名高いG8の一員であった。
「そ、そうかな……って違うだろ! おだてたってダメなんだからな! 僕のシフトはもう終わったのに、君が突然いなくなっちゃうから、僕遊びに行けなかっただろ!」
「いいじゃないか、どうせ一緒に回る人もいないんだろ?」
「そ、そんなことないよ!」
「俺ちょっとトイレ行ってくるから、もうちょっと代わりしててよ」
 にこりと笑ったアメリカは、有無を言わさずカナダを「サボるな」と咎めに来たキューバに引き渡して、自身はさっと身を翻した。
 トイレなら反対方向の方が近いのに、と韓国はぼんやり思いながら、やはり小走りでその後を追う。
 アメリカは最上階まで階段を駆け上った。どうやら最上階の廊下の突き当たりにあるトイレを目指しているようだった。最上階ではほとんどイベントが催されていない。そもそも普段から特別教室しかない最上階は閑散としている。どうやらアメリカはそれを知っていて、敢えてここに来たかのように思えた。
 人気のない男子トイレの目前まで来て、アメリカはくるりと韓国を振り返った。
「トイレ行くから、君はここで待っててよ。あ、ちょっと長くなっても心配しないでいいんだぞ」
「はぁ、大丈夫ですよ。ここ五階ですから窓から逃げられるとも思いませんし、テレビクルー条項にも、最低限の人権は保障すると……」
 韓国が学園の権力者アメリカの不興を買わないよう、精一杯の誠意を説明するも、アメリカはそれを遮って、さらに念を押した。
「ぜったいに、来ちゃだめだぞ」
「はぁ……」
 韓国はもう、そう答えるしかない。
 どうやら「俺もトイレ行きたかったんスよね〜」という雰囲気ではないらしい。


















(2008/3/19)



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