番外編第二部「バカップルとテレビクルー」 {文化祭2日目} 「やあ、イギリス」 軽く手を挙げたアメリカは、バザーの呼び込みをしていたらしい。水色のかわいらしいエプロンが、笑えるほどに似合っていないが、あいにくイギリスにはそれを笑える余裕はなかった。 「げっ、アメリカ……」 「『げっ』とはご挨拶じゃないかい」 ここで会ったが百年目とばかりにエプロンを脱ぎ捨てて、クラスメイトの抗議も冷やかしもどこ吹く風、アメリカは、廊下を足早に歩き始めたイギリスの後を追って歩く。 「なんだよ、ついてくんなよっ! せっかく文化祭中はお前に会わないようにしてたのに……」 「なんでだい」 「なんでって……」 イギリスは気まずそうに視線を彷徨わせてから、急に立ち止まったアメリカの背に激突して「ぐぉあっ!」と唸り声を上げた韓国を指さした。 「こいつらがいるからだろっ!」 指さされた韓国は、アメリカの後ろで片目を抑えてうずくまっている。 「眼球飛び出るかと思ったんだぜ……」 「バカあるな。テレビカメラを抱えつつも、常に視界はあらゆる方向にひらけてなくてはダメある。まず自分とカメラの安全を最優先に考えられてこそ、プロのカメラマンというものあるよ」 得意げにテレビカメラを掲げてみせたのは、アジアクラス三年にして生徒会の中国である。 「中国もっ! 変なことに目覚めるな!」 世界W学園きってのビッグイベント、文化祭のベストカップル賞第二次選抜。カメラに追い回される芸能人さながらのカップルたちも大変だが、実は一番大変なのは、ウン十キロとあるテレビカメラを肌身離さず担ぎあげ、視界の狭いレンズ越しに、時には逃げる対象者を追って校内を疾走し、時にはトイレも我慢してラブシーンを撮り続け、電波状況、電池の残量具合にも常に気を配っていなくては、後々全校生徒から袋叩きに遭う可能性すらある、愛の祭典を陰で支えるテレビクルー(時給850円)たちなのである。 ちなみに志願制であり、志願者多数の場合は抽選となる。最高の映像を提供したクルーには、栄えあるベストカメラマン賞が授与される。 「……ったく、そういうわけだから、文化祭が終わるまで話しかけるなよ!」 「なんでだい。君は欲しくないの? アイス」 「お前じゃあるまいし……」 「でも、母さんが食べたがってたよね? シャルドネ&ラズベリー……」 ぐ、とイギリスの歩みが止まる。 基本的に、カップルが二人で行動していたり、他の候補者と行動を共にした場合、テレビクルーたちの仕事は一気に楽になる。誰か一人さえカメラを回せばよく、他の人間は休憩できるからだ。今がちょうどその時だと、未だに床にうずくまっている韓国を横目で見ながら、中国は必死にアメリカ、イギリスについていく。 「そんなの、別にいつだって食べられるだろ」 「そういう問題じゃないだろう。『わぁ、こんなにあるの? 全部私のもの? どれにしようかしら……っ!』っていうトキメキが、君には理解できないのかなっ!」 「できねぇよんなトキメキ! つぅかウソくせぇんだよお前の演技が!」 スタスタと歩くイギリスについていくうちに、いつの間にかお祭り気分の生徒たちの好奇の目にさらされることが少なくなったように感じられて、中国ははて、と一度振り返った。 それもそのはず、このあたりは生徒会室のある一角で、模擬店やイベントの予定はない。イギリスは敢えてそうした静かな場所へ足を向けていたのだと知る。 ちらり、と曲がり角に、ようやく追いかけてきたらしい韓国の姿が見えた。 アメリカは、韓国に気を取られている中国を一瞥すると、ぐいっとイギリスの腕を掴んで、生徒会室に引きずり込んだ。 中国が異変に気づいた頃には、もうガチャリ、と音を立てて生徒会室の鍵は下ろされた後で。 「し……しまった……っ! 美国! 開けるよろし!」 任務が遂行できなければ、その間の時給はいただけないのである。 これではなんのために文化祭も楽しめず、こんな苦しい思いをしているのかわからない。 どんどんどんどん、と執拗に生徒会室のドアを叩いても、ノブをガチャガチャ回してみても、ドアはウンともスンとも言わなかった。 「最悪ある……」 しかしここで任務を放棄するわけにはいかない。そんなことをしたらそれこそ袋叩きだ。 幸いここは三階で、窓から逃げるという選択肢はない。ならばここで待っているのが最善の策だろう。 ずるずるとドアにもたれかかって、肩に食い込んでいたカメラの電源を切って下ろす。電池節約だ。 昨日から一日中重いものを担いで歩きまわっていた疲れが一気に来た。 ぱたぱたぱた、と足音がして虚ろな顔を上げると、憎らしいほど元気な顔をした韓国だった。どうやら回復したらしい。 「あれ? 兄貴、アメリカさんは?」 中国は黙って、背後のドアを示した。 「この中?」 「カギかけられたある……」 「じゃあ、俺もここで待ーとうっと」 なんでもなく衝撃の事実を受け入れて、韓国はドサリと中国の隣に腰を下ろした。同じようにカメラの電源を切って、壁際に置く。 「兄貴兄貴ー俺この前ー」 まるでいつものように世間話を始めるから、中国は呆れてしまった。 「お前、この状況に自責の念とか抱かねーあるか」 「なんでですか? だって、二人してカメラまいて密室に閉じこもったってことは、つまりそういうことでしょ。想像の余地があって、視聴者の皆さんも大興奮なんだぜ!」 「そういうこと?」 「だから……」 ごにょごにょ。誰もいないこの廊下で何を憚るのか、耳元で告げられた言葉に、中国は不覚にも茹でダコのように赤面した。 「おっ、お前――、いくらなんでもここは神聖な教育の場あるよっ」 「もー、兄貴はウブですねぇ」 ニヤニヤと見下ろしてくる顔が小憎らしくてしょうがない。 「しばらく暇そうですね……」 「すぐ出てくることを祈りてーある」 「いやぁ、一時間はかかるでしょ」 「もうお前はその発想から離れるよろし!」 「何話してましょうか」 「別に、何でも……」 誰か通らないだろうか、と曲がり角を眺めてみても、何もないこの一角には人っ子一人やってこない。 ふたりきり、なんだなぁ、と思うと、なんだかやけに緊張した。 それも全部、この韓国が「おっぱい触らせて下さい!」とか普段から人前でものたまう輩であるのがいけない。こんな人目のないところで、何をされるかわかったものじゃない。 「そうそう、さっきの続きですけど、俺この前ー」 ところが意外にも韓国は楽しそうに身の回りのことを報告してくるだけで、普段のようにふざけた様子をいっこうに見せない。 なんだかだんだん、緊張していた自分がばからしくなってきた。 「あー、そうあるかー。へー、ほー」 いつものように軽くいなす。それでも気づかずに喋り続ける韓国は、いつまで経ってもかわいらしい弟分だなぁ、となんとなく中国は思った。 裏に続きの1.5がございます…。 そんなにえろくないです。 (2008/3/5)
|
Copyright(c)神川ゆた All rights reserved.
http://yutakami.izakamakura.com/