「えーっ、というわけで! 以上全13組がエントリーしたわけですが、今年は多いですねぇ、ロマーノさん?」
「知らねぇよちくしょうが! マイク向けんな!」
「なんやつれないなぁ。……さあっ、この中で栄誉あるベストカップルに選ばれるのはどの組かッ! それと、皆さんお楽しみ、一次選抜ならではの、愛の伝道師の栄誉も気になるところ! さて、第一次選抜の競技内容ですが、実は俺もエントリーされてるってことで、知らされてません! ドキドキの発表を、審査委員長の教頭先生、どーぞっ!」
「えー、コホンコホンっ。本日はお日柄もよく、今年も無事にこうして、生徒たちの知力、創造力、そして協力し合うことで生まれる無限の可能性が結集した文化祭を迎えられたことを大変喜ばしく思います。我が校の教育方針への、日頃からの保護者の方々、ご近隣の皆様方の深いご理解には、私ども教員も……」
「はいっ、長いのでカットさせていただきます! 時間厳守でお願いします教頭!」
「は、はぁ? えー、もうぶっちゃけ協議の結果、競技内容は『一言プロポーズ』です。どちらか一人が、パートナーへのプロポーズを一言で、マイクに向かって叫んでください。もう一人はそれに対する返事をまた一言でマイクに向かって叫んでもらいます。我々教職員が一人30点の持ち点を、気に入ったカップルに自由に入れ、その総合得点で競います。ペアの得点を足し、上位五組が第二次選抜に進みます」
 カオスだ……。
 割れんばかりの拍手を聞きながら、私は頭痛を感じた。
「それでは時間もないので、ちゃっちゃとエントリーナンバー1番のお二方から始めてもらいましょう!」
 スペインさんがマイクを握り締める。
 ステージ中央のスタンドマイクの目の前に立たされたハンガリーさん、オーストリアさんは、顔を見合わせた。
「困りましたね……」
「私から言います、オーストリアさんっ!」
 任せてください、と意気込んだハンガリーさんは、ふう、と一回深呼吸した。
「――私のっ、心も体もオーストリア領にしてくださいっ!」
 そ、そんなかわいらしい顔で、なんて大胆なことを。
 一気に会場が沸き立つ。と言っても聞こえてくるのは甲高い歓声ではない。うおおぉおお、という重低音だ。
「ハ、ハンガリー……公衆の面前でそんな……いけません、女性なのですからもう少し慎みというものを……」
「いいえっ! この気持ちは誰にも止められません、オーストリアさん!」
 もう完全に気分に酔っている。文化祭とはなんて恐ろしいのだろう、と私は拍手をしながらぼんやり思った。
「あなたの気持ちはとても嬉しいですよ」
 そんなハンガリーさんに引くこともなく、オーストリアさんは困ったように微笑んだ。紳士だ。やっぱりオーストリアさん、なんて上品なのだろう。
 そこへ、慌てたようなスペインさんの声がマイク越しに響く。
「ちょ、ちょ、ちょ、二人、ルールは『一言』やからな! 審査員の先生方ーっ、採点対象は最初のやりとりのみでーす! オーストリアの返事に対するハンガリーの返事以降は考慮しないでねっ!」
 あ、そうか。
 完全に二人の世界で気づかなかったけど、これ、競技の途中だったのか。ちゃんと得点がつけられるのよね。
 まだ会話を続けている二人が強制的にスタンドマイクから引っぺがされて、続いて現れたのはエントリーナンバー2のドイツ・イタリアペア。
 なんだかよくわからないけれど(まあいつものことだけれど)イタリアさんはやたら意気込んで現れて、ゴホン、と気取って咳払いまでする。
 どうやら今のどさくさで、すっかり彼の中では台本が出来上がったようだ。
「ドイツ、毎年バカンスに来るぐらいだったらさ、もういっそ俺のものになっちゃいなよ!」
 やたら男らしく上から目線で言い放ったイタリアさんに、ドイツさんは一瞬呆れた顔を見せたけれど、いつものようにため息をついて、静かにわかりにくく微笑んだ。
「……別に、嫌では、ない……」
 あ。
 今、心がほわんと温かくなった気がした。
 イタリアさんはいいなぁ、いつもこんな風に対応してもらえたら、毎日幸せよね……。
 やっとベストカップル賞の醍醐味を味わった気がする。私が一人感動していると、次に現れたカップルは、私の感動を台無しにしてくれた。
「どうしようか……。君、は、絶対、言わないよね」
「当たり前だ!」
「しょうがないなぁ……」
 ぽりぽりと頭を掻いたアメリカさんは考え込むようにしばし黙る。
 あの、どうでもいいですけど、今までの打ち合わせも全部マイクに入っちゃってますから。どうしてその場に出てきてから考えるんですか。あんたら3番目なんだから、十分時間あったでしょう!
「――イギリス! 結婚しよう!」
 意を決したようにアメリカさんはイギリスさんの肩を掴んだ。
 びくっとまゆげ野郎の肩が揺れて、顔が真っ赤に染まる。うわ、こりゃ見ものだわ。
 えらくシンプルなプロポーズだったけれど、それだけに破壊力は抜群だった。
「え、わ、あ……アメリカ……」
 動揺し視線を揺らすまゆげ。きゅ、と目を瞑って、返事をする決心をつけたのかと思われたその時、アメリカさんがひどく冷酷な顔でさらりと言い放った。
「嘘だよ」
 その場に沈黙が流れる。
 お前ルールわかってるのか、とか、空気読め、とか、言いたいけど誰も言えない。司会者でさえ言えない。
 あまりに空気をぶち壊しすぎて。しかもそれが照れからくる発言なのだと傍目からもわかればまたそれも楽しい青春の1ページなのだけれど、アメリカさんの顔はまさに真剣で、悪意に満ち満ちていたのだった。
「うるせーっ、わかってるよバカァ!」
 あーあ、まゆげの奴、ちょっと涙目じゃないの。
「え、ええと、今のも最初のやりとりだけを評価対象にお願いしますね先生方……」
 司会者スペインさんのフォローもなんだかやるせない。
「よし、次行こか!」
 それがいいと思います。


















(2008/2/13)



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