……さぁて始まりました、第……回世界W学園前夜祭名物……ベストカップル賞第一次選抜……。
 小走りで講堂へ向かう間にも、風に乗ってアナウンスが流れてくる。
 ちなみに、前夜祭・後夜祭を担当する司会者もまた、全校生徒によるアンケートで選ばれる。今年は三年生のスペインさんだ。噂によれば去年もそうだったらしい。
「司会はわたくし、三年ヨーロッパクラスのスペインが担当させていただきます! っていうても……俺もなんかエントリーされてんねんけど……ま、そのときはテキトーに司会代わろうと思います! ではでは!」
 息も絶え絶えに舞台裏に辿り着くと、でろでろでろでろ……と小太鼓の音がスピーカーから流れて、じゃじゃんっと盛り上がったところだった。
「やあセーシェル! フランスは?」
 舞台裏には、エントリーされた生徒たちがひしめいていて、その中から、舞台裏だというのにバカでかい声で、3のプレートを胸につけたアメリカさんが私の名を呼ばわってくれやがった。
「あ、なんか代わってくれたんスよ……見て来いって」
「くっそ、見なくていいっつぅの……おい、あいつなんか言ってなかったか」
 後ろからひょっこり顔を出したのはまゆげだ。こっちだってお前の顔なんか見たくなかったわ。
 胸に輝く3のプレートが微笑ましい。ちなみにこの番号は、得票順についているらしい。
「フランスさんが……? なんかって?」
「だからほら、その、第一次選抜の内容とかっ」
「やだなぁイギリス。一次選抜の内容は昔から職員会議で決まるんだぞ。フランスが知ってるわけないじゃないか」
「エントリーナンバーいちばぁんっ! 学園寮の貴公子とマドンナ! 三年、オーストリアと二年、ハンガリーのお二人!」
 マイク越しに陽気な声が響く。次々エントリーカップルがコールされて、舞台に上がってしまえば、群衆の目に晒されて、もう引き返せない。
「『二人の気品と風格、美貌はまさに学園の代表として挙げるにふさわしい……』、『オーストリアさんに命令されて、マゾに目覚めました!』、『ハンガリーさん萌えぇええ!』などなど、熱いコメント多数! では、二人の意気込みを聞いてみましょう!」
「ほら、コール始まっちゃったじゃないか。俺たち3番なんだぞ、待機してなきゃ、イギリス」
 アメリカさんに諭されたまゆげは悔しそうな顔をして「わかってるよ!」だなんて、襟首つかまれながら舞台袖に移動していく。
 取り残された私は、きょろきょろと薄暗い辺りを見回す。いないなぁ。
 イタリアさんったら、あんなに意気込んでた割に……。
「エントリーナンバー2番! 昨年は優勝カップルに惜敗を喫しました。今年こそ結婚までこぎつけられるのかッ! 二年、イタリア、同じく二年、ドイツペア!」
 思わずずっこけそうになった私を誰が責められようか。
 そうか、2番か……さすが去年最終選抜まで残ったというだけあるわ。
 それにしても……、さすが強制エントリー。「よそでやれぇええ!」と怒鳴りつけたくなるようなバカップルもいれば、「こいつらなんでエントリーされたの?」というような雰囲気の二人もいる。
 その中でも、ひときわ険悪な雰囲気を放っていた二人に、自然と手持無沙汰な私のような役員の目は集中する。二人の世界に浸っているバカップルたちは例外だけれど。
「トルコお前……ここで落ちたらブッ殺すからな……」
 12のプレートをつけたヨーロッパクラスの生徒が何やら不穏なセリフを吐いている。
 ブッ殺すって……照れ隠し? いけない、目がマジだわ!
「ハァ? なんでそんなにやる気なんでェ……気持ち悪ぃな……二十万だったら、個人戦なんだから、俺は関係ねぇだろぃ……」
 対するもう一人の12番は、顔に不思議な仮面をまとっている。え、あれ、普段からあれなの……? 世界って広……(略)。
 っていうかどう見ても高校生に見えな……(略)。
「二十万? そんなものはどうでもいい! 俺が欲しいのは、ハーゲンなんとかのアイスだ!」
「ハーゲンなんとかって……お前もよくわかってねぇんじゃねぇか!」
 うん、そこは私も全力で突っ込みたかった。
「うるさい! 全種だぞ全種、幻の期間限定品を含む歴代フレーバーが一堂に会するんだぞ!」
「知らねぇよ!」
 そろそろ殴り合いに発展しそうな睨み合いに、割って入ったのは8のプレート。
「やっぱり? やっぱり? アイス全種絶対ゲットするしー!」
 ちょ、コイツ空気読めねぇえええええ!
 成り行きを本気で心配して見守った私たち部外者だけれど、意外にもその一言で、和やかな空気が流れ始めた。
「ポーランドも……そう思うだろう……?」
「当たり前だしー。あ、そしたらリトにも一個くらい分けてやんよ」
「分けてやるって、それ二人にくれる賞品でしょー! 平等に分割しようよ!」
 あぁ、よく見たら8の片割れはあのロシアさんの下っ端後輩の人じゃない。
 どうやらこのまま和やか6割、呆れ4割ムードでいくらしい、と安心した瞬間、今度はステージの方がごたごたし始めた。
「エントリーナンバー7! 俺! と、ロマーノやんなぁ……はよ出てきぃ! ちょっ、何照れとんのぉ!」
「うるせーっ、照れてねぇよスペインのバーカ!」
「あ、ちょっ、どこ行くんッ! オーストリア司会代わったってぇ!」
「……このお馬鹿さんが」
 舞台袖に脱走してきた7番(イタリアさんのお兄さんらしい)はしかし、控えていたスタッフに捕えられ、舞台に強制送還された。
 エントリーされた以上強制参加、それが世界W学園ベストカップル賞の掟なのである。


















(2008/2/9)



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