番外編第一部「セーシェルさんとバカップル」 「ベストカップル賞ぉ?」 顔を歪めた私に、イタリアさんはいつものごとく気づかない。 「うん! あれ、せーちゃん生徒会に出入りしてるのに知らないの? 今年もやるでしょ?」 「優勝商品はハーゲンなんとかのアイス全種だそうで、イタリアさんは去年も張り切ってらしたんですよ」 日本さんが注釈を入れると、ドイツさんが視線をそらして「嫌な思い出だ……」と呟いた。 私は、アイスがすっかり溶けて、ただの甘ったるくぬるいコーヒーと化したアフォガードをスプーンの先で掻き混ぜながら、寮でお世話になっているハンガリー先輩のことを思った。 (あ、ああああの! オーストリアさんは、アイスはお嫌いですかッ?) あぁ、彼女が言ってたのはこのことか……。 「どういう基準で決めるんスか? 投票?」 問いかける間にも、日本さんが空いたグラスに麦茶を注ぎ足してくれた。 「エントリーは投票だな。事前に実施される全校アンケートで、全校生徒が、世界W学園にふさわしい名カップルだと思う二人の名を自由に書く。実際に付き合っていようがいまいが、二人で寄り添っている姿が世界W学園にふさわしいと思えればそれでいい。二十票以上獲得したカップルのみが強制的にエントリーされて、第一次選抜に進む」 ……なんか「ベストカップル賞」だなんて、バカな学生の極みみたいな企画を説明するときでさえ、ドイツさんにかかればこうまで堅っ苦しくなるのかと思うと少し感動した。 「だから、どうしても出たいって人たちは、アンケートが近づくと、生徒会選挙みたいに校内演説までするんだよー」 「ちなみに、そうした宣伝活動に関するガイドラインは今のところない。ワイロを配ろうが何しようが、違反ではないということだ。まぁ、投票で決まるのはエントリーの段階までだからな」 「エントリーされたら、第一次選抜? って言いました?」 「ええ。第一次選抜では、文化祭の前夜祭に、ステージの上でちょっとしたパフォーマンスをやるんです。審査員は教職員で、こちらは不正は許されません。ここで候補が五組にまで絞られるんです。ちなみにこの第一次選抜では個人優勝というのがありまして、その人には『愛の伝道師』という名誉と賞金二十万円が与えられます」 「にっ……二十万円……」 愛の云々は別にして、ちょっと欲しいかもしれない……。 「嫌々エントリーされても、この賞金のためにここで頑張って、第二次選抜まで残ってしまう者も多い」 「ふぇー。ところで、エントリーって私たちみたいな一般生徒が好き勝手に書いていいんでしょ? 同じ人が違う人との組み合わせでどっちも二十票以上取っちゃうことってないんですか?」 「もちろんある。その場合はどちらの組み合わせにもエントリーされることになるな」 「そうなったらアイスのチャンスも二倍だよねぇ……」 間抜けな声が合いの手を入れる。 「私は一組エントリーだろうが二組同時エントリーだろうがご勘弁願いたいですけどね。プライバシーは大事ですから」 日本さんがため息をついた。 「ぷらいばしー?」 「そう……、第一次選抜でうっかり金に目がくらんで頑張ってしまった人の八十パーセントが後悔する瞬間、それが第二次選抜です」 不思議そうにドイツさんを見やれば、コホンと咳を一つして、 「第二次選抜とは、文化祭一日目午前九時から三日目午後五時まで、文化祭の間中、第二次選抜まで残った十人全員にテレビクルーがつき、その行動が毎日八時間にわたって中庭モニターでライブ放送されるという、迷惑極まりないシロモノだ……」 「な……とんでもない学校っスね……!」 「ちなみに、第二次選抜の審査員は『ベストカップル賞実行委員会』という、完全独立の組織で、ご近隣の皆様から構成されており、伝統ある厳格なマニュアルに沿って映像を点数化していく。映像を見ている中庭の生徒たちの反応も点数に加算されるぞ。ちなみに、やはりこの委員会に対する贈収賄は生徒会、教職員、PTAに厳しく問われる」 「近所まで巻き込み出したよ!」 もうどうでもいいくらいのスケールのでかさだ! 「そしてこの選抜で上位二組が最終選抜に残ります」 「最終選抜は何やるんスか?」 あんまり聞きたくないような。 そんな私のニュアンスもまったく読み取らず、さらりと答えてくださったのはイタリアさん。 「くじ引きだよー」 「は?」 「運命の女神に祝福されたカップルこそが、世界W学園の頂点に立つにふさわしいんだってさ。俺とドイツは去年これで落ちたんだよねー」 「こここらっ、余計なことを言うな!」 ああ……イタリアさんの相手って……そうじゃないかと思ってたけど、目の前で見せつけられるとなー……正直ムカつくなー……しかも最終選抜まで残ってんのかよ……。 「でも、優勝カップルはまだこの時点では一般生徒には公表されないんです」 「え? まだなんかあるんスか?」 「世界W学園名物、ベストカップルによる疑似結婚式だよー」 「ぎ、ぎじけっ……?」 「このイベント自体が後夜祭になっていまして、まぁ宗派によって校内のチャペルでやったり寺院でやったり、二人の折り合いが取れず難しい場合は無宗教的に講堂でやったりするんですけど、この二人の疑似結婚式を見て、ロマンチックな雰囲気に浸りながら世界W学園の文化祭は幕を下ろすわけですね」 「わけですねって……後夜祭まるごとそれかよッ!」 つくづく、世界って広いんだなぁ……おじいちゃん……。 「そう……! 世界W学園のベストカップル賞とは、ミス&ミスターコンテストを遥かに凌ぐ世界W学園文化祭において最も大きなイベントであり、その優勝カップルには、後世までその名が残されるという最高の栄誉が待っているのです! ――セーシェルさんもご覧になったことありませんか? 正面玄関の校長室のあたり、トロフィーやら何やら飾ってあるショーケースがあるでしょう。あれの頭上に、歴代のカップルの疑似結婚式の時の写真が飾ってありますよ」 「それ……なんか嬉しいんスか……?」 そんな青春のメモリー、痛すぎやしませんか。 「いえ。たった二人の犠牲で周りが楽しいだけです」 「……それを言ったらおしまいだぞ、日本」 そんなわけで、文化祭の準備に学園中がおおわらわな中、微妙なテンションで捏造学ヘタシリーズ番外編は幕を開けた、ようです。 (2008/1/26)
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