10.お母さんとお父さん ※オリキャラ(米英の両親)が出ています。 「何があったわけ? お前ら」 フランスの一言に、イギリスは顔を真っ赤に染め、紅茶を零したが、アメリカは表情一つ変えず「何がって、何が?」なんて、むしろ嬉しそうににこやかに訊き返す。 「いや、なんていうか、前にもましておかしいぞ」 「そんなことないよ、ねぇ! イギリス?」 アメリカに振り返られたイギリスは目に見えて動揺して、「バカなこと言ってんじゃねぇよフランス!」と喚き散らした。 「だってアメリカお前、しばらくイギリスのこと避けてたろ。あの、イギリスが風邪ひいたあたりからだ。お兄さんは知っているぞ。それなのになんだよ、最近いやにベッタリじゃねぇ?」 「だって、風邪移されたらたまらないだろ?」 にこやかに言い放たれた毒舌は、前と変わらない、ように見える。 「なーんだ、お兄さんはてっきり、あのあとイギリスが告白でもしたのかと思ったよ……」 「バッ、何言ってんだテメェ!」 「あのあと? あのあとって何のことだい?」 「だーかーらー、お前に避けられてこのお坊ちゃんがうじうじ泣いてるから、もう告ッちゃえよって俺が後押ししておいたの」 「アホかテメェは! あることないこと言ってんじゃねぇよっ! そんな話じゃなかっただろ!」 「えー? 要約するとそんな話だったろ?」 「表出ろテメェ!」 「相変わらずガラ悪いねぇ、お前……」 「なんでテメェ相手に上品にしてなきゃいけないんだよ!」 「……イギリスって、俺のこと好きなのかい?」 高校生らしい言い合いに水を差そうとするかのように、にこやかに割って入った声に、イギリスは本格的にカップを倒した。 「ばッか……お前……」 ぱくぱくと口を開いたり閉じたり、赤くなったり青くなったり、そんな生徒会長にそろそろ耐え切れなくなったのか(そもそも彼の堪忍袋のキャパシティは人より少ない)、腹の底から声を出したのはロシアだった。 「あははは……おもしろいなぁ、イギリスくんは……」 顔は笑っていても、声がまったく笑っていない。 さっきまでニヤニヤと笑っていたフランスまでもが青ざめて、「さぁーて、校内の見回りにでも行ってくるか……」などと腰を浮かせた。 空気が読めない読めないとバカにされ通しのアメリカも、天敵ロシアの前で突っ込んだ話をする気にはならないらしい、軽くため息をついた。 アメリカ以上に空気が読めないのは、恥ずかしい事態で頭がいっぱいいっぱいのイギリスの方かもしれない。依然顔から蒸気でも噴き出しそうな勢いで、あせあせとこぼした紅茶を拭いている。 「イギリス。じゃあ、また放課後来るから」 「えっ、あっ、おう……」 慌てて顔を上げたイギリスに、中国がため息をついた。 宣言通り放課後生徒会室に現れたアメリカは、フランスにからかわれながらもイギリスを連れて校門をあとにした。 「……君の家に行ってもいいかい?」 「……お、おう」 イギリスが変に緊張しているせいで、会話がまったく続かない。 お前の家だろ、とか、昨日は不法侵入したくせに、とか、言いたいことは色々あるのだろうけれど、どちらもこの場にふさわしくないということは、お互いによくわかっていた。 では何を話せばいいのか。 イギリスは考える。 昨日の「愛してるよ」ってあれは本当かとか、俺も好きだよとか……考えただけで赤面してしまう自身が悔しい。 電車を乗り継いでスーパーの前を通り過ぎ、夕暮れ時の住宅街を行く。 のどかな住宅街には、時折子供の声が響けど、基本通行人は滅多にいない。 突然アメリカが立ち止まったので、ワンテンポ遅れてイギリスは彼を振り返った。 「アメリカ?」 「……すきだよ」 レンズ越しの真剣な光と、台詞の内容が昨夜の出来事を彷彿とさせて、イギリスは慌てて周囲に視線をめぐらせた。 売り言葉に買い言葉的に「俺も」と返そうとして、鋭いアメリカの声に阻まれる。 「納得いかないんだよね」 どうやら「俺も好きだよ」と返すべき甘いシーンではないらしい。そう悟ったイギリスは、不安を感じながらも続く言葉を待った。 こいつは、いったい、何を言うつもりなんだろう。 「……結局君は、まるで弟が駄々をこねたのに付き合ったかのように、俺を受け入れただけじゃないか?」 アメリカにしては珍しい、憂いを含んだ瞳を向けられて、思わずドサリとカバンを落とした。 そうなのか? と思った。 正直、自分ではよくわからない。 アメリカが「イギリスの弟としてのアメリカ」と「一人の男としてのアメリカ」を執拗に区別したがっていることは昨日も感じた。けれどイギリスにとっては、アメリカはアメリカに違いなく、昔からかわいい弟であり、今は向けられる激しい愛がただただ嬉しい。 黙っていても勘弁してくれそうにないので、そっとカバンを拾い上げながら、そのままを言った。 「よ……く、わかんねぇよ……昔も今も、アメリカは、俺のかわいいアメリカだし……昨日みたいに必要とされるのは、本当すっげぇ嬉しかったし……」 アメリカが帰ってきてくれた、と思った。イギリスを捨てて去っていってしまったはずのアメリカが。散々ひどいことを言っておいて、冷たい態度を取っておいて、「弟」じゃ嫌だだの「抱きたい」だの、そんな単純なことで悩んでいたのかと、泣き笑いでもしたい気分になった。 大事な大事なアメリカの前では、イギリスにとってどれも皆些細なことだったのに。 よかった。イギリスの大好きなアメリカ。アメリカに嫌われたのではなくて、本当によかった。また二人で手を取って歩いてゆける。本当に本当によかった。 それだけが真実なのに、アメリカはまだ小難しい線引きに惑っている。 どうしたらこの気持ちを、伝えられるだろうか。 「ただ、お前を受け入れてやりたいって思えるくらいお前が好きだ。他の男だったら気持ち悪いし痛いし、絶対嫌だけど、お前だけは……いいんだ。……それじゃ、だめなのか?」 そう、アメリカはイギリスのすべてだった。 「じゃあ一個だけ訊くけど」 アメリカは暗い顔のまま、自分でも馬鹿なことを言っていると思うのだろう、視線を彷徨わせて言った。 「も、もし君にもう一人弟がいて、そいつが同じことを君にしても……、受け入れるかい?」 イギリスは呆れたような虚を突かれたような顔をしたあと、しばらく考えるようにして、「『何考えてるんだ』って、諭す……?」と答えた。 100%望む答えは得られなかったけれど、アメリカにとってはもうそれで十分だった。 一人の男として愛してもらいたいだなんて、考えてみればガキっぽい浅はかな願いだ。 どうあがいてもアメリカはイギリスの弟だ。たとえそれが過去形でも、その事実なしにアメリカとイギリスの関係を語ることはできない。アメリカは確かにイギリスの弟として愛されて、その愛がもどかしく、歯痒かった。その過程があってこそ、再びイギリスのもとに舞い戻ったアメリカの激しい気持ちがある。 「うん、いいよ……」 決まり悪そうに笑んだアメリカに、イギリスは安心したのか、調子を取り戻して顔をそむけた。 「……ったくしょうがねぇな、アメリカは!」 一組の男女がその駅に降り立った。旅行帰りだろうか、大きなバックパックを背負い、おみやげの入った紙袋を両手にいっぱい持って。 足取りは穏やかだ。そろって綺麗な金髪が、傾き始めた太陽を軽く反射する。たまに「この街も変わったなぁ」なんて趣旨のことを呟きながら、体を触れ合わせてはくすくす笑う様は、まるで子供のようだ。 「私の子はしっかり者だから、きっと平気よ。ちょっと寂しがりだけど、かわいい弟ができたから大丈夫」 女が言えば男は軽く笑って、うーんと唸る。 「俺の子は元気いっぱいだからなぁ……、大好きなお兄ちゃんに、いっぱい迷惑かけてるに違いない」 「あら、もう16歳よ」 「俺の子だぞ」 二人は顔を見合わせて噴き出した。 男女はやがて音もなく一軒の家の門扉に体を滑り込ませる。ドアの前にドサドサと荷物を積み上げて、帰ってきたぞ、というように思い切り伸びをした。 やがてそのままドアに腕を伸ばした女をそっと制して、男はイタズラを思いついた子供のように笑んだ。唇に軽く人差し指をあてがって。 「人生にはサプライズがなくちゃ」 そう言う顔は、確かに彼と血のつながった息子そっくりであった。 そんな男に「もう……」と呆れたふりをしてその実ドキドキしながら言ってみせる女もまた、彼女の息子によく似ている。 そんなわけで、隣人いわく「極悪非道のとんでもない両親」は、九年ぶりの我が家への帰還に、抜き足さし足忍び足で挑むことになったのだが、こっそり覗き見たリビングのソファで、ずいぶんと体の大きくなった弟が、兄を押し倒して、二人して幸せそうにキスをしているのを目撃するのは、また別のお話……。 こっぱずかしい終わり方だなぁ…… アメリカはイギリスのすべてだけど、イギリスはアメリカのすべてではない。でも、いないとすべてがダメになる、みたいな感じだなぁと思いました。ハイ、Butterfly聴いてました(笑) 捏造学ヘタシリーズ、長々お付き合いくださいまして本当にありがとうございました。皆様のご声援や暗黙のプレッシャーを重く受けとめながら試行錯誤したのは、大変ステキな夏休みの思い出となりました。メッセージ下さった方はもちろん、拍手して下さった方、毎日足を運んでくださった方、そして、この作品を読んでくださったすべての方に、心よりお礼申し上げます。 これからも、アメリカ、イギリス両人の幸せを祈って、ときめき探す旅を続けます……! 本当にありがとうございました。 (2007/10/3)
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