6.中国くんとイギリスくん



「終わった……」
 5限の生徒総会直後で惨憺たる状況の生徒会室に、一歩入るなりそう呟くと、我らが生徒会長はそのままバタンと床に倒れ伏した。その辺に積みあがっていた書類がバサバサと宙を舞う。
「はっ? イ、英国! どうしたあへん!」
 慌てて振り返るも、今この場には我と英国しかいなかったことを思い出した。
 法国も俄羅斯も講堂の片づけを指揮していて不在だ。
「イ、英国、ししし死ぬなら我のいないところで……」
 屈みこんで背中を揺する。
 熱い。
「……熱、アルか?」
 ぜえぜえと苦しそうな息を繰り返す様子から見ても、間違いはなかった。額に手をあてがうと、ぐっしょりと濡れていて、とてつもなく熱かった。
「お前、今まで平気そうに喋ってたじゃねーかあへん!」
 そう、生徒総会は大成功のうちに終わった。
 いつものように、生徒会長は威圧的なよどみない口調ですらすらと決議を進めて行き、問題の会計報告も何事もなく終わった。妙な質問も出なかった。
「……寒い……」
 答えになっていない。
 だが、病人の訴えを無視するわけにもいかない。
 しょうがないので上着をかけてやる。
 このまま床に寝かせておくのもどうかと思うが、何分、我は欧州クラスに比べて決して体格はよくない。欧州クラスの中でも小柄な方とはいえ、ぐったりと力の抜けた英国を、保健室はおろかソファまで運ぶのも無理そうだった。
「……誰か呼んでくるあへん。それまでおとなしくしてるよろし」
 ムダに力だけはある韓国とか。その辺にいるだろうから。
 病人を一人残していくのも気が引けたが、しょうがない。
 できるだけ小走りで、一年生の教室へ向かう。生徒総会後の移動で、校内はざわついていた。
 ひしめく人の群れから韓国を発見して、我は少し跳ねるようにして韓国を呼ぶ。
「兄貴! どうしたんですかー?」
 我を認識するなり、じゃれかかるように飛びついてくる韓国を軽く避けて、冷静に状況を伝える。
「ちょっと来るよろし。英国が熱出してぶっ倒れたアルよ。保健室まで運ぶの、手伝ってほしいアル」
「え? だってさっきまで……」
「我もよくわからねーアル。とにかく急いで……」
 喋っていると、韓国の背後から、唐突に走り出す人影があった。
 どん、と肩がぶつかって、あやうくふっ飛ばされそうになる。
 走り去る後姿を見れば。
 よく生徒会室に来ては生徒会長の機嫌を害し、仕事の邪魔をしてばかりいる、生徒会長秘蔵の義弟。あぁ、そういえば彼も一年生だったか。
「美国! ど、どこ行くアルかっ!」
「アメリカさーん! どうしたんだぜッ?」
 二人で顔を見合わせる。
 とりあえず、後を追いかけることにした。
「兄貴っ! 早く、早くなんだぜ!」
「ちょ、待つよろし!」
 人の波を掻き分け、必死の思いで生徒会室まで帰りつくと、美国が英国を背中に担ぎあげているところだった。
「美国……」
 我は兄弟愛に感動して思わず美国を見つめてしまう。
 あぁ、いつも生意気な口ばかりきいてるアルが、こんな奴にも兄を慕う気持ちはあっ……。
「どいてくれる? この粗大ゴミ運ぶから」
「粗っ……」
 思わず固まってしまった我をよそに、美国はさっさと我の脇をすり抜けて行ってしまう。
「あ。フランスに、カバン持ってきてって言っといてー」
「アメリカさーん、また明日なんだぜー」
 弟に、それも溺愛している弟に「粗大ゴミ」呼ばわりされる英国が不憫で立ち直れない我に向かって、韓国がのんきな声を出した。
「俺、もう行っていいですか、兄貴。ロシアさんが、後片付け手伝ったら、日本の漫画原稿盗むの手伝ってくれるって言うんですよ」
「俄羅斯……」
 我の返事も待たずに「じゃあ」と眩しい笑顔で駆けて行った弟分を見送りながら、我は複雑な笑みを浮かべた。誰も見てないけど。
 所詮弟への愛なんて、兄のひとりよがりあるな、英国……。
 それでも少しは、報われることもあるのだと、信じていていいだろうか。

「何してんのよ、中国」
 心底不審そうな眼で法国に肩を叩かれて、我は小一時間ほど生徒会室前に立ち尽くしていたことを知る。
「イギリスは?」
「英国は……ぶっ倒れて粗大ゴミで美国があへん……」
「は?」
「あと法国にカバンを持ってきて、と美国が言ってたよろし」
 法国は一瞬顔を歪めたけれど、すぐに理解したらしい(きっと欧州には欧州の、我には計り知れない共通理解があるのだろうと思う)、頭をポリポリと掻く。
「アメリカの奴も……中途半端だねぇ」
「粗大ゴミ……」
「うん?」
 ひらひらと目の前で手を振られた。ムカつく。我は正気だ。ちょっとショックを受けているだけで。
「……イギリスの奴、結局ぶっ倒れたのか。全快だと思ったんだがなぁ……相変わらず、生真面目っつぅか、気色悪いっつぅか」
「まるで、最初から熱があったみたいな言い草あるな」
「あったのよ、昨日まで」
「ハ? なんでそんな状態で学校に来させるあるか!」
 これだから法国はテキトーで困る。
「だってアイツ言い出したら聞かないもんよー」
 確かに。
 黙ってしまった我を見て、「だろ?」という法国が憎らしかった。
「とにかく早く行くよろし。後の諸々は我と……ロッ、俄羅斯……とでやっておくある。カバン持って見舞いにでも行ってやるよろし」
 なんにせよ英国が憐れだったので、そう提案してやる。
 結果的に俄羅斯と取り残されるハメになることに気づいたが、言ってしまったものはもうしょうがない。ああ、明日まで生きていられるだろうか……。
「うーん、アメリカがいるからなぁ……」
 法国は考え込むようにして、ちらり、と我を見た。
「いいよ、俺も残る。カバンなんて明日までに届きゃいいだろ」
 えっ……。
 正直、これで俄羅斯と二人きりを回避できたと思うとものすごく嬉しい。
 けれど。
「いいアルか?」
「ん?」
 さーて片付けるかー、と、ぐちゃぐちゃの生徒会室を前にして腕まくった法国はにこりと振り返った。
「……あいつがいない間、ロシア牽制しとかんと怒られちゃうからね」
 あぁ、確かに。
 生徒会長の座を狙う俄羅斯から、英国の椅子を守り通さねばならない。……結局我にとっては、英国も俄羅斯も、どっちも同じようなものだけれど。
















なんだこれ、英総受か(訊くなよ)。なんだかんだいって英は、米大好きすぎて空回っているのを、皆に好かれているといいんだぜ! っていうか「小動物みたいでかわいいなぁ(でもあんまり関わりたくないなぁ)」レベルで。


(2007/9/22)



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