5.イギリスくんとフランスくん



 目が覚めると、幾分か気分がよかった。
 これなら生徒総会にも行けるかもしれない、と思って、ふと太もものあたりが重いことに気づく。
 目線を下げると、そこには寝息を立てているアメリカがいた。
「おいっ、アメリカ! そんなとこで寝たら風邪ひくだろ! ばか!」
 慌てて叩き起こす。
「あれ、寝ちゃったのか……ってメガネ歪んでる……」
 むにゃむにゃと眠そうに頭を上げ、メガネをかけたりはずしたりして、アメリカは顔を歪めた。前髪についた寝癖がなんだかかわいらしい。
 大人びた大人びたと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。
「そんなところで寝る方が悪い」
 いつもの調子で冷たく言い放ってから、「あ、しまった」と思う。
 悪い癖だ。
 アメリカがここで寝入ってしまったのだって、俺のために違いなかったのに。
「君、熱は?」
「もう大分いい。……その……」
「何?」
「あの……なんだ、悪、かったな……泊まり込んでくれたんだろ?」
 ありがとう、と言えない自分がもどかしかった。それでも、俺にしては上出来な方だ。
「コンビニでフランスに捕まって、終電逃しただけだよ」
 よし頑張った俺、と思っていた矢先に「君のためじゃないよ」とでも言いたげなセリフを返されて、思わず泣きそうになった。
「そっ、そうかよバカ!」
「なんでそこで『バカ』が入るんだい、感謝されこそすれ罵倒される覚えは微塵もないんだけど」
 おっしゃる通りで。
「あ……っ、そ、そうだな……っ」
「まぁ、弱ってる君、おもしろかったから、お相子ってことにしといてあげるよ」
「おもしろいってなんだバカーっ!」
「あんまり興奮するとまたぶり返すよ」
「誰が興奮させてんだ」
「君が怒るポイントが謎なんだよ」
 やれやれ、とアメリカは肩を回している。
 心底疲れ果てて、うんざりしたというような表情。
 なんだ、少しでも俺を兄としてまだ慕ってくれているのではないかと、期待した自分がバカだった。
「俺はもう学校行くよ」
 突き放すように発された言葉。
 え? もう?
 文句を言いながらも、昔のように一緒に学校に行けるのだと淡い期待を一瞬でも抱いてしまっただけに、声が上擦る。
「朝飯は? 食ってかないのか? お前、朝飯抜くと体に悪……」
 言い募った俺を遮るように、アメリカは背を向ける。
「途中で買ってくさ」
「だ……って」
 だって、だってなんだよ。
 引き留める言葉を持たない。一度拒絶された、心配する権利、一緒にいるのが当たり前だと思う権利。
「じゃあね。お大事に」
 そう言って、本当に行ってしまおうとするから。
「……ッ、寝癖ついてるぞ!」
 両隣はす向かいにまで響き渡るような大声を上げてしまった。
 アメリカはばつの悪そうな、呆れたような顔をこちらに向けて。
「心配してくれなくても、直していくさ。ご忠告、どうも」
 パタン、と閉まったドア。
「……ははは」
 乾いた力ない笑いは、一人しか包まないことには慣れたはずの、広い部屋に響き渡った。
「なんだよ……なんだよ、もう……」
 思わずこぼれた涙に、もう何もかもする気が失せた。

 それでも、俺は生徒会長なんだから、生徒総会をサボるわけにはいかない。
 泣きはらした顔をなんとか水で冷やして、重い体を引きずって――気分が落ち込んだら、具合までなんだか悪くなった気がする――なんとか家の外に出た。
 寝坊していてはいけないと、気を利かせてフランスの家のチャイムを鳴らす。
 風邪ひいて、その上気分まで滅入ってるのに、なんて立派なんだろう、俺。
「はいはーい、具合はもういいのかー? ……って、アメリカは?」
 制服にエプロン姿のフランスが、泡の付いたフォークを持ったままドアを開けて、一人きりで立っている俺を一瞥するなり、申し訳なさそうに訊いた。
 なんなんだよ、ちくしょう! そこは長年の付き合いなんだからスルーしろよ!
「知らねぇよ、先に行くって……」
「ハァ? なんだよ、アイツ」
「こっちが聞きてぇよ!」
「……お前、具合はもういいわけ?」
「いいも何も、俺が行かなきゃしょうがないだろ」
「だって目もと赤いぞお前。まだ熱あんじゃねぇの?」
 顔を歪めるフランスに、無意識に手を顔にあてがってしまう。
 熱は下がった。間違いない。
 目もとが赤いのは――。
「ばっ……! 下がったよ、下がっ……違う、下がってないけど、ほら、これくらい平気だよ……!」
「どっちなんだよ」
 手ぇどかせ、とフランスが額に触れてくる。
「あぁ、下がってるみ……」
 それからさっと身を引くと、俺はフランスに構わず歩き出した。
 熱のせいだ。俺は、断じて、アメリカのために、泣いてなんかいない。
 俺を裏切って出て行ってしまったバカな弟。
「おい、待てって! 一緒に行くって!」
 泡まみれのフォークと俺を見比べて、焦ったフランスが数歩出てきて大声を上げる。
「ほっとけよ!」
 一人にしてくれ。
「そんなこと言ってオマエ、途中でぶっ倒れたら近所迷惑だぞ」
 …………。
 ぶっ倒れて近所のおば様方に囲まれる自分を想像してしまってうすら寒くなった俺は、大人しくフランスの野郎が支度を終えるのを待つことにした。
















まだまだじれったい米英続きます……。


(2007/9/20)



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