4.アメリカくんとイギリスくん ※下ネタ有です。 ひととおり恥ずかしさでもんどり打ったあと、そっとイギリスの部屋のドアを開けた。そのかすかな音で起きたようで、イギリスは静かに目を開けた。 「アメリカ……?」 「ん、何?」 ベッドの淵に腰かけて、髪の毛を梳いてやる。汗でしっとりと濡れていた。 冷たい俺の手が気持ちいいのか、イギリスはとろけそうな顔をする。 「ジュース、飲む?」 ジュースといっても先ほどのスポーツドリンク。2リットルあったそれは、もう半分近くない。コップに移して渡してやると、もぞもぞ上半身を起こした。 「汗びっしょりだけど、着替えるかい?」 コップに口をつけながら、こくん、と子供のように頷く。 甘やかしてるなぁ……、こんな態度を取ったら、イギリスはつけ上がるだけだというのに。と思うが、今日くらいは仕方ない。 替えの寝巻きを探してきてやろうと腰を浮かせたアメリカの、制服の裾をイギリスがつかむ。 「何?」 「アメリカ……」 何か言いたそうに目線が泳ぐ。 まったく、素直じゃない。 「帰らないよ」 「ぃや、別に……」 素直じゃない! 「心細いんでちゅよねー?」 汗で張り付いた前髪を掻き上げて、額に軽くキスを落とすと、「お前ッ、ふざけんな!」とイギリスは真っ赤になってじたばたした。飛んでくる拳を避けるようにして、今度こそ立ち上がる。 ウォークインクローゼットで未開封のパジャマを発見したので、それを取って戻ると、ちょうどイギリスはパジャマのボタンを外しているところだった。 ぜえはあと繰り返される浅い息づかい。たどたどしい指先の動き。だんだんあらわになるしっとり濡れた白い肌。 思わず、目をそらした。 「これ、着替え……これでいいかな……ッ」 なに動揺してるんだ、落ち着け。 病人相手に何考えて……ってそもそも、イギリス相手に何を……。 「あ、ありがとう……」 かすれた声に、ずくん、と体の芯がうずく。 うわ、うわ、うわ……。 「お、俺ちょっと、夕飯買ってくるよ!」 だめだ、もう一秒でもこの空間にいられない。いたらおかしくなりそうだ。 夜風に当たって、頭を冷やそう……。 ついでに、この体の熱も。 「なんだよ……手伝えよばかぁ……」 ドアを閉める瞬間、聞こえた不満は無視することにする。 そんな泣きそうな声で言われたって手伝えるかッッ! 近所のコンビニで適当に食料を調達する。 今まで忘れていたが、意識すると急にお腹が減った気がする。 「お」 店内を物色していると(夕食はあらかた決めて、ついでにスポーツドリンクも買い足すことにして、自分用にスナック菓子を眺めていた)、ぽん、と肩を叩かれる。 振り返るとすべての元凶が、昼間見たときよりげっそりした面持ちで立っていた。 思わず出かけた文句は、その顔に出鼻をくじかれる。 「さっきやっと終わったよ、もう夕食作る時間もねぇって……。ああもう、二年分くらい働いた。……お前、まだいたのか。どうよ、イギリスは」 ちらりと時計を見やれば、十二時近かった。母親が夜働いていることもあって、フランスの家の夕食担当はいつもフランスなのだ。それに彼は、なかなか料理の腕が立つ。 「明日の生徒総会に出られるかどうかも微妙だね。まだ38度あったし」 「ちゃんと寝かしてやったんだろうなぁ? あの坊ちゃん、お前が来たんで舞い上がっちゃったんじゃねぇの?」 そう思うなら俺を見舞いに送り出すな、と言いたかったがやめる。 「……ハッ、まさかお前、押し倒したりしてないよな?」 思わずカゴを足の上に落として、(2リットルペットボトルが入っているもので)非常に痛かった。 フランスのせいで、一瞬変な妄想が頭の中を駆け巡った。しばらく忘れられそうにない。もう本当にやめてほしい。 「なんだよ、動揺してんじゃねぇよ、そこは勢いよく否定してくれよ。……まさか、ほんとにやっちゃった?」 「……思ってもみないことを言われたんでびっくりしただけだよ。……生憎、君と違ってそんな趣味はないんでね」 「あっそう。ずいぶんお疲れみたいだなぁ?」 フランスも、まさか俺がイギリスによからぬ感情を抱くとは思わないのだろう、あっさり引き下がった。俺は少し複雑な思いでそれを受け止める。 「き、み、の! おばさんに捕まったんだよ」 「あらあら、お前バカだねぇ。せっかくお前が転校してきたことも秘密にしといてやったのにさ」 フン。せいぜい後で隠していたことを怒られるがいいさ。 二人して会計を済ませ、夜道を歩く。 「お前、もうすぐ終電だけど、泊まんのか?」 「……うーん、ものすごーく帰りたいな……」 できたらもう、イギリスの顔は見たくない。 再び頭の中を先ほどの妄想が駆け巡って、俺は叫び出したくなった。 「じゃあ俺が代わりに泊まり込んで看病してやろうかね。ついでに美味しくいただいちゃったりして……汗かくと治るっていうしな」 「君が言うと冗談に聞こえないんだよ……」 「だって冗談じゃねぇもん」 俺は心底軽蔑して見えるよう顔を作った。 さっき少しだけフランスと同じことを考えそうになりましたなんて、口が裂けても言えない。 「あっ、そうだ。お前のベッドでやるってのはどうよ? すっげー倒錯的じゃねぇ? あいつきっと泣いて嫌がって、そんで訳わからなくなってヨがるんだろうなー」 フランスは、イタズラを思いついた子供のように、嫌らしい笑いをニヨニヨと浮かべている。 ずくり、と今度は間違いなく下半身がピンポイントに疼いた。 あぁ、俺、今ものすごく死にたい……。 「なんだよ、黙るなよ。大人のジョークだって」 「……あ、そう……」 もう嫌だ。こんな体も頭も消えてしまえ。 俺があまりにもノリが悪いので、玄関前で「じゃあ」とあっさり別れた。 飲み物やらなんやらを冷蔵庫にしまって、恐る恐るイギリスの部屋を覗くと、自力で着替え終わったらしいイギリスが、すやすやと寝息を立てていた。 頬に涙の筋。どれだけ寂しがりなんだよ君は。 思いがけず優しい気持ちになって、そっと頬をなでた。やわらかい肌が心底愛しい。 ふぅ……と息を吐く。 大丈夫、さっきはどうかしてた。 少し乱れた布団を直してやって、隅に落ちていたパジャマを拾う。さすがに、脱いだものを洗濯かごまで入れに行く元気はなかったらしい。 ふわり、と香ってきたイギリスの匂いに、きゅう、と胸が苦しくなった。体温が上がる。 「あ、あれ……?」 大丈夫じゃないじゃないかあああ! こんな……こんな、匂い嗅いで興奮して……うわああああああ! もうまるっきり変態じゃないか! 死にたい! 今すぐ死にたい! ほんのり勃ち上がった自身を、本気で切り落としたくなったが、そんな痛そうなのもごめんだ。絶望的に廊下に崩れ落ちた。 忘れよう。忘れよう。はい、深呼吸して……。 壁にもたれかかって頭を抱える。傍から見たら訳のわからない行動だ。 「そ、そうだ。シャワーでも浴びようかな」 よく考えれば俺だって明日学校行かなきゃなんだし。どうせ脱衣所に行くところだったんだし。 勝手知ったる浴室。洗濯かごにパジャマを放り入れようとして、その前に一瞬無意識に、顔をうずめていた。 「……ってうわあああああ!」 投げ捨てるように布のかたまりを洗濯かごに入れた。 何してるんだ何してるんだ、もう本当にいやだ。 顔を覆ってふと視線を下げると、もう完全に反応してしまっている自分が目に入って、本当に泣きたくなった。 「なんなんだよ……どうしろっていうんだ……」 かつては自宅だったとはいえ、今は人の家といっても差し支えない。少なくとも、俺の気分的にはそうだ。その人の家の浴室で、しかも家主を想って抜くなんて耐えられない。 「最悪だな……俺……」 自嘲の笑みがもれた。 しばらく抜こうか抜くまいか逡巡していると、フランスの言葉がよみがえってきた。 ――押し倒したり……汗かくと治るって……。 ああもう、こうなったのも全部あいつのせいだ。押し倒すなんてできるわけないじゃないか、俺はヒーローだぞ、相手は病人だぞ。 って問題はそこじゃない。イギリス相手に何を考えてるのかっていうのが問題なんじゃないか。 「イギリス……」 優しい兄だった。俺を育ててくれた。大好きだった。 でもいつの間にかウザくなって、いつまでも兄貴面されるだけなのに嫌気がさして。 もっと、「かわいい弟」じゃなくて、「俺自身」を見てほしかった――。 「ん……ッ、イギ、リス……ッ」 「パラレルならではの悩める青少年メリカと純粋兄なギリスをお楽しみください」みたいな感じになってきました。不本意だ……おかしいなぁ(……明らかに別人になったので反省していますが、後悔はしていません)。 このノリなら裏に行けるかもしれない……。パラレルってすごいですね☆ (2007/9/17)
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