{1763年 ニューイングランド植民地某所}
フランスがアメリカにおける植民地をすべて手放したことを知った。もちろん自分はその会議には出席しなかったけれども、本国からもたらされたその報に、植民地中が沸き立っている。
そこに、水を浴びせるような宣言。
「立ち入り禁止って、それどういうことだい?」
どういうことだい、と訊いてみたはいいものの、別に驚いてはいない。
こうなることなら知っていた。そう、フランス王旗はためくルイジアナに、初めて立った時から。
「……ごめん、うちの上司が、ルイジアナは直轄領にしたいって」
けれどイギリスは、記憶のように強気な態度は取らない。調子が狂う。
「なんで? だってもうそこに住んでる人たちだっているんだぞ」
「……さあ、あそこは先住民とトラブルが起きやすい土地だから」
昔みたいに言えばいいだろう。「どうせお前じゃまた原住民とモメるんだから」って。
そんな「しょうがないんだ」みたいな態度で、言い訳がましく。
「俺の目を見てしゃべりなよ、イギリス」
正しくないと思ってるならしなきゃいいのに。
「だから、いきなりフランスからイギリス領になって、先住民族が混乱していろいろ言ってきてるんだよ! ばらばらに交渉すると話まとまんないし、しょうがないだろ!」
それまでずっと申し訳なさそうに、後ろめたそうにしゃべっていたイギリスが、いきなり大声を上げた。
ちょっとびっくりしていると、当のイギリスが一番驚いたらしい、「やってしまった」とでも言いたげな顔が余計気に障った。
「そう、わかった」
イライラしたのがそのまま声に出てしまったけれど、構ってはいられなかった。
乱暴に立ち上がると、がちゃん、とカップが倒れて、紅茶の匂いがする。
イギリスがお土産に持ってきてくれたおいしい紅茶。
でもそれは何百年も避け続けてきた味で、甘いはずなのに、自分には苦すぎた。
{1765年 ニューイングランド植民地某所}
「イギリス……何、これ」
手渡された書類には、植民地で発行されたすべての印刷物に印紙を貼ることを義務づける、と書いてあった。書物、雑誌、新聞からビラ、トランプに到るまで。
アメリカの問いかけに対し、イギリスは記憶の中のこの日とは違い、少し目を伏せて、何気なく言った。
「……何これって、議会で決まった」
ぽつりと言って、それっきり。
(議会で決まったんだ。お前もイギリス国王に忠誠を誓う植民地のはしくれなら、本国の危機に協力するのは当り前だろう?)
そう、得意げにまくしたてたイギリスはいない。
――君は、だれ?
なんでまたそんな、後ろめたそうに言うの。
俺が嫌がるってわかってるなら、言わなきゃいいのに。
――最近君おかしいよ。
俺になんか気を使う必要ないだろう。
何を、恐れてる?
――まるで、これで俺を怒らせたら独立するって知ってるみたいな。
そんなあからさまにほのめかすようなこと言ったかな。
記憶を探ってみても、心当たりなどない。昔と同じ、ただ統制を強めようとしてくる本国に不快感を示しただけ。
「そう……」
「うん……」
イギリスの泣き顔が頭にちらついた。
あの雨の日。
なんのためにもう一度、よりによってこの時代を繰り返さなければならないのか。
「……でも、その議会にうちの住民の代表はいないよ」
少し迷って、結局アメリカは口にした。
イギリスへの義理とか愛情とか、そんなことがたくさん胸を去来したけれど、住民の言い分を通すことがやっぱり自分の責務なのだと思った。
昔は違った。
イギリスの束縛が日に日に大きくなっていくのを見て、反抗期でもあったんだろうけど、ただ頭に来て頭に来て、正しいのは自分だと疑わなかった。
「それは……俺も悪いと思って……」
「砂糖法といいこれといい、これ以上うちの自治権を侵害するつもりなら、俺にも考えがある」
語調を荒げて、睨みつけるように言った。
自分の気持ちに、イギリスが気づいてくれればいいと思った。
もうこれ以上、みっともなくあがいて泣き喚かないでよ。
――この辺ではっきりさせよう。
そんな風に申し訳なさそうに言っても、やってることは変わらないじゃないか。
フランスから自分を守ってくれた大きな背中。いつだって優しかった、何でも知っていた、俺のヒーロー。
――イギリス。
言い捨てて背を向けた。
背を向ける瞬間、今にも泣き出しそうな顔が見えた。
何。
なんで、そんな顔するの。
まるで、まるで俺が独立宣言でもしたかのような、絶望にうちひしがれた顔。
昔みたいに「どういう意味だよアメリカ! ちゃんと俺の言うこと聞けよ!」くらい言えばいいのに。
ほんとにさぁ。
――ねえきみどうしちゃったの。
しかしイギリスがこの期に及んでどんな態度を取ったからといって、アメリカは、独立しないわけにはいかないのだ。
いい加減わかってよ。
――君が何を思ってるのか知らないけど。
繰り返したくない。
でもやらないわけにはいかない。
この歴史だけは、変えるわけにはいかない。
そんなことをしたら、今の自分を全否定することになってしまう――。
だからこれだけは。
もう、止められないんだよ。――イギリス。
(2007/9/13)
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