{1682年 ルイジアナ}

 見慣れない旗が風にたなびいていた。
 白地に三つのフルール・ド・リス。ユリをあしらった気高き王家の紋章。
「しまった……忘れてた」
 茫然とたたずんでいると、遠くから人がやってくる気配がする。
「あれっ」
「どうした、ラ・サール」
「ああ、ボヌフォアさん。何か、子供が……」
「子供?」
 そう言ってこちらを見た男は、若干若いが、確かにフランスだった。
「ひょっとしてお前がアメリカか?」
「……はじめまして、フランス。ここら辺は今日から君の土地かい?」
 言うと、フランスはニヤリと笑った。
「おっ、お前物分かりがいいねぇ。イギリスの教育の賜物か? あのお坊ちゃん、ちゃんと子育てできるんだなぁ。……悪く思うなよ、こういうのは先に探検した者勝ちなんだからな」
「別にいいよ」
 ――どうせあとで俺のものになるんだから。
 せいぜい頑張って開拓してくれよ。
「なんて名前がいいと思う?」
 フランスは意気揚々と隣の男に尋ねた。フランスの国民だろうか。
「さぁ……『ルイジアナ』とかでいいんじゃないですか。そうすれば陛下も納得なさるでしょう」
「うん、じゃあ決まり。またな、おチビちゃん」
 頭を思いっきりかきまぜられた。
 よほど不機嫌な顔をしていたのだろう。フランスは爆笑して、そのまま去って行った。
 白い旗は領有のしるしに置き去りにされて、まだはためいている。
(立ち入り禁止って、それどういうことだい)
(どうもこうも、本国の議会で決まったんだ。どうせお前じゃまた原住民とモメるんだから、俺に任せとけって!)
 ここにもイギリスとの嫌な思い出があった。
「1682年か……」
 大丈夫。まだ、まだ時間はある。
「くそ……」
 こんな夢、早く覚めてしまえばいい。

{1689年 北アメリカ}

「くそっ、フランスの奴……」
 ――助けて、助けてイギリス。
 ヨーロッパの方でフランスが暴れているのは知っていた。そろそろこっちに飛び火が来るのも知っていた。
 だからこそ少しずつ戦う準備はしていたが、やはりまだまだアメリカだけの力ではどうしようもない。
 そもそもイギリスとフランスの争いなんだから、余所でやってほしい。
「まだかよ、援軍ッ」
 心なしかフランス兵が増えている気がする。
 本国の援軍はまだか。
「アメリカ!」
 イギリスの声。こちらへ駆けてくる。
 遅いよ、と言いかけてやめる。
 自分が泣いていることに気がついた。
「怖かったな……もう平気だぞ」
「うん……」
 あぁ、なんて弱い。
 自分はなんてちっぽけな存在なんだろう。
 いつもいつも、こうしてイギリスに守ってもらって。
 この人を、俺は裏切ったんだ。守ってもらうだけ守ってもらって、もういらないって。
「アメリカ……泣くなよ、もう大丈夫だから」
 ごめんごめんごめん。
 ごめん。
 本当にごめん。
 もう少しだけ、泣かせてくれよ。
「またお前は、いい加減にしろよ!」
 イギリスは敵方にフランスの姿を見つけて、銃を向ける。相手はにやにやとまた嫌らしい笑みを浮かべるだけだ。
「またってなんのことだよ」
「なんのことじゃねぇよ、これで何度目だよ。ガツガツガツガツ、みっともねえったらねぇな! 言っとくけど、アメリカは誰にも渡さない!」
 フランスはそれを聞いて爆笑する。
「なんだよ、やけに熱入ってるじゃねぇか……いや、違うか。お前はいつも植民地のことになると必死だもんな。悪い悪い」
 ぎり、とイギリスが歯を食いしばる音が聞こえた。
「……ホントに今日お前必死だなあ。見てるこっちがカワイソウ」
「うるせえよ、だったらどっか行け」
「でもよー、向こうでの戦争が終わらないと引くに引けないっしょ、こっちも」
「じゃあ向こうでも侵略ヤメロ」
「侵略じゃないですー。正当な継承権を主張してるだけですー。お前がいつもいつも俺の邪魔するからいけないんだろ」
「ほっといたら地球は全部お前に侵略されちゃうだろ!」
「じゃあお前もフランスになれ。そして二人で世界をひとつにしよう」
「ハァハァするな! キモイ!」
 すごくふざけているようだけど、二人は戦っている真っ最中で、命のやり取りをしている真っ最中なのだ。こんな軽口を叩けるのは、イギリスがフランスと、フランスがイギリスと、対等な、証拠。
 そこに一言も差しはさめない自分が、言いようもなく惨めだった。
 ――思い出した。
 どうして自分が独立したいと思ったのか。
 いつまでも「イギリス大好き」と笑ってやる代わりに守ってもらえば、イギリスは満足するだろうけれど、それでは自分の気が収まらないのだ。
 言いたいことも言えずにただ愛想のいい笑顔を振りまいていたのは、そうすることしかできないほど弱かったから。そして、自分が所詮なんの力もない新興勢力だということがわからないほど愚かでもなかったからだ。
 イギリスの世界戦略上の、何の力にもなれないことを知っていた。自分は所詮何もできない、せいぜい将来有望な市場となるくらいしか。
 自分が目指したのは、ちょうど目の前のフランスのような、大好きなイギリスに言いたいことをなんでも憚りなく言える、そういう立場だったのだ。
 ――ごめん、イギリス。
 自分には、譲れないものがあったのだ。
 何度繰り返しても、何度君を傷つけても、手に入れたかったもの。
 ――いつか強くなって大きくなって金持ちになって、植民地だからとかそんな理由じゃなく、ちゃんと俺個人として俺の判断で俺の裁量で、君を助け、時に導き、隣に堂々とありたい。
「アメリカ、ひとまず隊形を整えて向こうに回ろう」
 ――でも君には言わないよ。
 まだまだ子供な自分は、そんなことは望んでいなかったのにと、泣かれるのは悔しいから。


















(2007/9/11)



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