「アメリカ!」
 船を漕ぎながら書類をチェックしていると、聞こえるはずのない声が聞こえた。
 一気に覚醒して振り返る。
「イギリスじゃないか! 来るなら連絡してくれればいいのに」
「いや、急に暇をもらってな。ほら、上司から返事」
 ひょい、と封書を渡される。
「お前、あんな立派な手紙書けたんだな。……ちょっとびっくりした」
 やばい、やっぱりやばかった。
「い……イギリスのマネだよ」
「そうか? それにしても、いきなり上司に手紙なんて、どうしたんだ?」
「今度のイギリスの上司は王様じゃないっていうだろ。それでほら、イギリスがしばらく辛そうだったから、あんまりいじめないでくださいって、お願いしても無礼にはならないんじゃないかと思って」
 口からぽんぽん出まかせが出る。
 ――なんて演技派なんだ、俺。
 内心の焦りを気取られないようにイギリスから背を向ける。封を切るのに手間取っているふりをした。
「えーとなになに……『ご忠告いたみいります。貴殿の兄上には何かとご迷惑をおかけしてしまいますが、我々は我が祖国の栄光と繁栄のために、尽力したい所存であります。新天地の発展を、一同心よりお祈り申し上げます』って、なんだか小難しくてよくわかんないね!」
 読めない男だ、と思う。
 ホントに伝わったのかな。
 あんまり期待はしてないけど。
 過去にだって、周りがさんざん諌めたんだろうし。
「あれ、『P.S.一度本国へ遊びに来てください。私もぜひ、カークランド卿の弟君にお会いしてみたく存じます』?」
 そうして、イギリス行きのチケットが添えられていた。
「イギリス、これ……」
「ああ、お前も一度本国を見てみたら勉強になるんじゃないかと思って。まだまだ発展途上の大陸を離れるのは不安だろうけど。お前、俺んち来たことないだろ」
「え、やった! 行ってもいいのかい?」
 それならすぐに行こう、明日にでも、と言うと、イギリスはちょっとびっくりした顔をする。
「お前、仕事は?」
「えー、そんなの大丈夫さ」
 最近コツを掴んできて、記憶を頼りに先回り先回りで仕事ができるようになっていた。
 そんな自分に植民地議会のみんなはいちいち驚いていたけれど。
 まさか未来から来ましたなんて、やっぱり言えない。
 そういえば、植民地時代にイギリスの家を訪れたことはない。そんなことを思い出して、やっぱりイギリスは自分を対等に扱う気なんかなかったんだな、と思う。
 なんで急に、イギリスの上司は自分を招く気になんかなったんだろう。
 やっぱりあれか、あの不自然極まりない手紙か。
 怪しすぎたかな、やっぱり。
 ごちゃごちゃ考えていると、急にイギリスがしんみり言った。
「すごいな……アメリカは」
 なんでそんな辛そうな顔するんだよ。
 俺が立派に仕事ができるのが、そんなに嫌かい。
 なんだかものすごくイライラした。

「ようこそ、我が家へ」
 初めて訪れたイギリスの家は、やっぱりイギリスの家だった。
「へぇ、相変わらず古臭いんだな……」
 思わず本音が漏れてしまう。
「は?」
 イギリスが固まった。
 しまった。
 古臭いだけならまだしも、「相変わらず」とか言ってしまった。
 この場合、比較対象は独立後訪れたイギリスの家なのだが、今の自分はイギリスの家を訪れたことがないはずだ。
「いや、ごめん、なんでもない」
「……いや」
 敢えて弁明しない方が聞き流してもらえるかな、と期待するも、イギリスの不審そうな目は消えない。
「わあっ、なんか伝統を感じてかっこいいね!」
 我ながら寒すぎる。
「そ、そうか……?」
 今こそ来たれ、演技力。
「そうだよ!」
 もういい加減この話題から離れよう。
「それよりせっかくイギリスの家にお世話になるんだから、何か手伝わせてくれよ」
「いいってそんなの。お前気がつく子になったなー」
「バカにするなよ」
「うん、ごめんな」
 それからイギリスは少し黙る。
「イギリス?」
「じゃあ、薪割りでもしてもらおうかな」
「うん、お安い御用だぞ!」
「そうか」
 優しく笑ったその顔に、なぜか胸が苦しくなる。
 見なかったことにして、わざと「えいやっ」とか明るい声を出して薪割りに励んだ。そんな俺を、イギリスは何をするでもなく眺めている。
 やりにくいなぁもう。じろじろ見るなよ。
「……お前、うちの上司、どう思う?」
「へ?」
 やっと口を開いたかと思ったらそれか。
「どうしたんだい、急にそんなこと訊いて」
「いや、お前、すごい立派な手紙書いてきたからさ。なんていうの、先見の明っていうか、そういうの感じてさ」
「……ちょっと気取ってみただけだよ。君の上司に手紙書くの初めてだったし」
 あー、やっぱり怪しかったかな。
 今度から変な正義感で迂闊な行動取るのやめた方がいいかな。
 でも、自分はこの先の歴史を、知ってるんだし。
 それは自分だけなんだし。
「初めてであんな……すごいよ。だからちょっと訊いてみたい。うちの上司、どう思う?」
 イギリスの目がいやに真剣だから、少し怖くなった。
 ひょっとしたら、自分は取り返しのつかないことをしたのではないか。
「だって……俺は……まだ子供だし」
「いや、お前はすごいよ。お前は、……すぐに俺なんかよりでかくなる」
 どうしたんだよイギリス。
 なんで、そんなこと言うんだよ。
 そんなこと、夢にも思ってなかったくせに。「ずっと俺のかわいい弟」だって、そんなバカなことずっと信じてたんだろう?
「そんなことないよ」
「そんなことあるだろ!」
 怒鳴られて、少し驚いた。
 イギリスがこんな風に自分の前で取り乱すのは珍しかった。
「どうしたの、イギリス……やっぱり疲れてる? 上司は嫌な奴?」
 動揺を気取られないようにしても、声が震えた。
「いや……いいんだ。ごめん」
 ――イギリス?
 ねぇ君、どうしたの。


















(2007/9/10)



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