できたばかりの植民地であるアメリカの仕事は山積みだった。ずいぶん苦労した思い出があるが、すべて順調にこなした。当たり前だ。自分はその仕事のすべてを経験してきたのだし、だいたいの結果もみんな覚えている。むしろ、昔した些細な失敗を思い出してはちょこちょこ修正したりして、すこぶる気分がよかった。
――これが夢じゃなくて本当に本当の過去なら、ちょっとズルイけど、今以上に大国になっちゃうな。
鼻歌でも歌い出したい気分だ。
イギリスは二ヶ月に一度は必ず顔を出して、たくさんのおみやげを持ってきてくれた。
アメリカもその度に新しい開発地を見せて、イギリスに嬉しいような切ないような、そんな顔をさせた。
なんでそんな顔をするんだろう。まるで大きくなったアメリカが、イギリスのもとを去るのを知っているかのような。
――昔は俺の成長を、無邪気に喜んでくれなかったっけ?
単純に、小さくてかわいいだけの子供が、生意気になっていくのが嫌だっただけかもしれない。
ほんとにショタコンの変態か、君は。
毒づきそうになって慌てて笑ってみせたりして。
本国ではイケイケ専制な国王と、元議員たちの板挟みになっているらしい。ご苦労なことだ。
対するこっちは順風満帆。日々進歩していく感覚はたまらなくゾクゾクするものだった。いつかここが、よく見知った高層ビルの森にまでなるのだ。
しかし一年、二年とそうして過ぎるうち、だんだんアメリカは不安になってきた。
「っていうか、俺はいつ現代に帰れるんだい」
国だから、悠久の時間をうらめしく思うことはない。そういう風に体ができている。
けれど、わけもわからず過去にやってきてしまって、帰れない不安はどうしようもなかった。
{1642年 ニューイングランド植民地某所}
机に顎をつくという、イギリスが見たら怒りそうな姿勢で、イギリスから届いた書類を開封していく。
電話も電信もない。外界から隔離されたこの夢の新天地の、世界についていく唯一の連絡手段は船で運ばれる手紙か噂話。だから届く書類は毎日膨大なのである。それをチェックするだけでも一苦労だ。
「内乱かぁ……」
本国の異変を知らせる文章に、そっと指を這わせる。
必死に記憶を探る。
「1642……チャールズ1世……、ああ、Puritan Revolutionってやつかな」
すごいなぁ……、伊達にイギリスも勉強教えてくれてたわけじゃないんだな。こういうところで役に立つ。
「って、普通は役に立たないって……」
本当になんなんだ、この状況は。
でも間違いなく今は役に立つ。この後はどうなるんだっけ。
「国王が処刑されて――うん、まあしょうがないな」
国民の自由を阻害したのが悪い。
――いつまでも古臭い王政なんてやってるから。だからイギリスはダメなんだよ。
「で、共和政になって……」
うんうん、自由っていいことだ。
「で、クロムウェルとかいうのがイギリスの上司になって……」
意外と覚えてるなぁ、自分。
国王という正統性を持たないそれまでと異質の上司なら、単なる知識としてだけでなく、自分もよく覚えていた。勝手の違いにイギリスもずいぶん戸惑ったらしい。そもそもイギリス=アーサー・カークランドという存在は、それまで代々王家の人間しか認知しえないところであったのだ。
その頃のイギリスが自分を訪れてくれる回数が減ったこと、その疲れた顔を思い出して、アメリカはがばっと体を起こした。
イギリスは本国のトラブルの多くを決して幼い自分に語らなかった。
けれど、知識としてならもう知っている。その新しい上司はだんだんと軍を味方につけ独裁の体を取り、また一悶着起きるのだ。
――そりゃ疲れるはずだ。
その後もう一度内乱が起きて、今度は平和のうちに、国民は絶対王政から解放される、らしい。
「だったら、初めっからそうなるように仕向けた方がいいんじゃないかなぁ……」
こんなに無意味に何度もな内乱を繰り返す必要なんてない。
その、理解ある新しい王の時代になるまで待って、それで――。
なんとかイギリスにそう忠告できないだろうか。
「『とりあえずなんとか王家を復権させなよ。新しい上司が暴走する前にさ』とか」
紙とペンを取り出して、イギリスに手紙を書いてみる。
だめだ。
せっかく手に入れた念願の共和政。議会がはいそうですかと納得するわけがない。何か正当な理由が必要だ。
「『だから、その新しい上司じゃだめなんだって。また王政になって、内乱が起きるよ』……、なんでこんなこと俺が知ってるんだって話だよなぁ」
いっそのこと明かしてしまおうか。
――自分は未来から来たアメリカです。
「バカ丸出しじゃないか……」
再び机に突っ伏した。
「歴史を変えるって難しいんだな……」
このまま、結果を知っていながら何もしないなんて、ヒーローの論理に反するけれど。
でも、なすすべがない。
自分はまだこんなにも無力な存在だ。
「早く大きくなりたいなぁ……」
イギリスと対等に、いやそれ以上に。自分の力で何でも変えていけるように。
(2007/9/8)
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