目が覚めると、隣にイギリスはいなかった。
それでも、そこは見慣れたベッドではない。見慣れたものには違いなかったが、もう何百年も昔の。
「……目が覚めれば、なかったことになると思ったんだけど」
声は相変わらず高い。
どうやら読みが甘かったらしい。
これはもう本格的に、現代に戻る方法を模索した方がよさそうだ。
「俺が何をしたっていうんだ……」
たまにならこんな不思議な出来事も楽しいだろうが、二日目は正直勘弁してほしい。イギリスの惜しみない愛に応えて、傷つけないようにするのはものすごく疲れる。
――それに、こんなことしてるとイギリスの奴、調子に乗るからなぁ……。
嫌なことは嫌だと言った方がいいのかも。でなければ自分たちは、また同じことを繰り返す。
――うーん、でも、それでいいんじゃないのかな。
結局俺は独立する運命なんだし。独立しないでこのままイギリスの下にいるなんてありえないし。考えたくもない。
ありありと思い出せるイギリスの泣き顔。
でも、間違ったことをしたとは思っていない。
「アメリカ、起きたのか?」
ひょいとドアが開いて、当の本人が眩しいくらいの笑顔で現れた。記憶の泣き顔との対比に一瞬くらくらする。
「ああ」
うん、って言えばよかった。言ってから思う。
「朝飯作ったぞ。早く顔洗っちゃえよ」
「うん」
今度は子供らしい声を出せた。
まさかイギリスは、この小さな自分の中身が、何百年も後の、イギリスより背も高く体躯もよくなったアメリカだとは夢にも思うまい。
君を裏切ったこともある。傷つけたこともある。色んな国を攻撃して屈伏させた経験だってある。そんな自分に今じゃ君は開口一番嫌味しか言わない。
なのに、このイギリスはまだそんなことは知らないんだ。
どことなく寂しいような物足りないような気もしたが、それよりはまだ悪戯心の方が勝っていた。
せっかく甘やかされる立場になったんだし、思いっきり楽しまなきゃ損だよね、損。
イギリス経済破綻させるくらいワガママ言ってやる。
――俺の演技力を甘く見るなよ。
「ねぇイギリス、俺大きな船に乗って、イギリスと旅行する夢みたよ!」
「そうか、どこに行くんだ?」
「えーとね、セーシェ……なんでもない。すごくキレイな南の海!」
「そっか、今度連れてってやるよ」
「ほんと? そしたらその船、俺にくれるかい?」
「ん? あぁ、いいぞ」
「じゃあすっごく速い船がいいな! かっこいい大砲がいーっぱいついててさ」
「あぁ、そうだな」
「百隻くらいの大艦隊で行ったらかっこいいだろうねぇ」
目を輝かせて言うと、イギリスは笑う。
「百はムリだろ」
「えー、イギリスでも?」
「お前、俺をなんだと思ってるんだよ。そうだな、十くらいかな」
「ほんとかい? 約束だよ!」
「わかったからちゃんと座って食べろよ」
紅茶を飲みながらイギリスはにこにこ笑っている。子供の言うことだと思ってばかな約束ホイホイしちゃって。そんな船いくらすると思ってるんだい。
かわいい子供の姿を利用して、何も知らないイギリスをからかうのはすごく楽しかった。
もちろんあっちはからかわれているなんて夢にも知らず。
あぁそうだよね、俺だってこんな状況いまだに信じられないよ。小さい頃の自分に乗り移って、若いイギリスをだまくらかしているなんて。
一日中ワガママ言い倒したら、さすがにイギリスはぐったりしたのか、何か書き物をしていたはずが、少し目を離したすきにそのまま突っ伏して寝てしまった。
その寝顔を見つめながら、アメリカは少し冷静になっていた。
先ほどは少しはしゃぎすぎてしまったが、いくらアメリカの演技力がすごいからといって、こんなにワガママを聞いてくれるような生易しい大人だったろうか、イギリスは。
昔はなんだかんだと理由をつけてかわされてしまったことが多かったのに。
――何か俺に後ろめたいことでもあるのかな。それとも何か企んでる?
昔は知らなかったけれど、今は知ってしまった、イギリスの裏の顔。
目的のためならどんな手段も厭わなかった、彼。
(だいたい君は昔から、いい人ヅラして裏であくどいことばっかりやって、結局自分の利益しか考えてないんじゃないか。あぁ、醜い醜い、君のそんなところが昔から大っ嫌いだったよ!)
ケンカの理由もそんなところだったな、と思い出す。今更人の外交方針にケチをつける気もなかったのだけれど、つい、ムカついて。
ここに来る前投げつけた罵声。自分は彼の、そういうところが大嫌いだった。
幸せそうに眠るイギリスの口からは少し涎が垂れている。
――ま、俺の演技力と交渉術の賜物だということにしておこう。
「まったく、こんなところで寝たら風邪ひくじゃないか」
子供なんだから、看病させるとかやめてくれよ。
布団でもかけてやろうかと取りに行って戻ったら、ちょうど目覚めたらしい。慌てて涎を拭っている姿が面白かった。
「こんなところで寝たら風邪ひくぞ。ほら」
イギリスは差し出された布団を見て、一瞬目を丸くする。
ありがとう、と笑った顔に、なんだか目頭が熱くなったのは、気のせいだということにしておく。
うっかり英が紅茶を飲んでいますが……(苦笑)。指摘して下さった方、ありがとうございますvV
(2007/9/5)
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