家に着いたのは、もうすっかり暗くなってしまってからだった。
改装した今の家とは違う。イギリスの家に似せて、イギリスの技術で作った家。イギリスとの思い出がたくさん詰まっていた。
「おなか空いちゃったね、イギリス! ……イギリス?」
駆け出して、イギリスがついてこないことに気がついた。振り返ればイギリスは家を見上げてぼーっと立ち尽くしている。
「あ、ごめんごめん。今日は何が食べたい?」
え、君が作ってくれるのかい。
できればご勘弁願いたいところだったが、この展開でそれは不自然極まりない。
昔の自分はイギリスが家にいてくれることが嬉しくて、それ以外のことはなんでもよかったのだ。
だからまずい料理も無理して食べた。イギリスが自分のために作ってくれたというだけで、たくさん食べるとイギリスが喜んでくれるというだけで、何があんなに嬉しかったんだろう。
「おいしいもの!」
「言ったな、見てろよ」
「楽しみにしてるよ」
無邪気な笑顔を装いながら、内心はびくびくして。
あ、この感覚、なんだか懐かしいな。
「あ、俺、手伝おうか?」
「いいよ、遠出して疲れただろ」
さりげなく最悪の事態を回避しようとするが、にべもなくその道は断ち切られる。
キッチンからイギリスの鼻歌が聞こえてきて、少し焦げくさい匂いが漂ってきた時点で、アメリカは「まぁいいか」とランプに火を灯した。
「いただきます!」
予想はしていたが、やはりあまりおいしくない。なんだかぐにぐにして非常にいやだ。どうしたらこの食材がこんな触感に変化するんだ。もうこれは化学変化を起こしているに違いない。違う物質になってしまっている。
「イギリスも食べなよ!」
惜しみなく注がれる愛情の目が痛くて、なんとか気をそらそうとする。
頼むからそんなに顔見ないでくれ。表情筋が痛い。
食事を終える頃、イギリスがふいにキッチンへ消える。
デザートでも用意してあったらどうしよう。――アイスなら許す。
イギリスの視線から解き放たれて、はぁ、とため息をついた。
今すごくひどい顔をしている気がする。
だってまずいんだもん。でもイギリスが見たらショックだろうな。
「アメリカー」
そう思っているそばからひょいとイギリスが顔を覗かせる。
大慌てで笑顔を作った。すごいぞ俺……ってもういい加減にしてほしい。
「なんだい?」
「……なんでもない」
そのまま戻ってきて座る。
デザートではなかったらしい。なんなんだ一体。
拷問のような食事の時間が終わり、ぐったりと皿を運ぶ手伝いをする。
正直小さい頃だって、イギリスの料理をおいしいとは思っていなかった。それでもにこにこと食べていたのは、ひとえにイギリスを慕う気持ちからである。「おいしい」と言うと本当に嬉しそうに笑った。自分がイギリスにできることはそれくらいだと思っていたのだ。
今は別に、そんな気持ちもないし、拷問以外の何物でもない。
だいたい本心を隠して接するなんて、自分らしくない。
――あー、何かが足りない気がする。
食後のコーヒーか?
……いや、紅茶か。
イギリスが作って唯一おいしいもの。
ねぇ、紅茶淹れてくれよ、と言おうとして、何かがおかしいことに気づく。
そんなこと言わなくても昔は必ず食後に紅茶を出してくれたのだ。それをしないということは。
まだイギリスが紅茶好きになる前の時代なんだ、これ。
危ない。言わなくてよかった! 思いっきり「なんだそれ?」とか言われて不審に思われるところだった。
食後は二人で銃の手入れをしながらイギリスが本国の議会制度について話してくれた。やっぱり知っていることだったけれど、俺はおとなしく聞いた。
何度かあくびをすると、眠いのか、と訊かれる。
こんな時間に眠くなるわけないのだけれど。おかしいな、子供だからかな。
思考回路がうまくつながっていない気がする。気がつくとまぶたが降りていて、何度も銃を取り落とした。
「もう寝ようか」
頭をなでながら言うイギリスの声が心地いい。
こくり、とうなずくと、手をひかれてベッドまで導かれる。
「おやすみ」
この重たい眠気がどうにかならないものかと必死にまぶたをこすったけれど、どうもだめだ。
「おやすみ、アメリカ」
囁くようにイギリスは言って、額にキスした。
そのままイギリスの子守歌を聞きながら、イギリスの温かさに安心して眠りに落ちた。
気分はコナソな米(笑)。
(2007/9/4)
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