小一時間ほどそのまま歩いた。
 何を話していいか思い出せない自分の代わりに、イギリスがたくさん歌を教えてくれた。どれももう知っていた、懐かしい歌だった。
 だんだん感覚を取り戻して、自分もふさわしいセリフを返せるようになる。
 ――すごいぞ俺、役者になれるんじゃないか。
 たまにうっかりいつものクセで皮肉を返しそうになって、不自然な咳を繰り返していたら、風邪かと本気で心配されて困ったけれど。
「イギリス、重くない?」
「何言ってんだ、お前はまだまだ軽いよ」
 ――まぁ、そうだろうな。
 一体どうしてこんなに軽くなってしまったのだろう。
 夢にしては、自分を抱くイギリスの温かさも、頬をなでる風も現実味がありすぎる。
 自分は過去に来てしまったのか。っていうか、過去の自分に乗り移ったのか。
 ――これ、帰れるのかな……。
 どういう仕組みでこうなったのかわからない以上、帰る方法も皆目見当がつかない。案外、寝て起きたら戻っているかもしれない。あぁ、昨日酒飲んで寝てしまったツケを払わなければならないというのに。机の上には仕事が山積みだ。
(だからいつまで経っても子供だって……)
 昨夜のイギリスの怒鳴り声が聞こえた気がした。
 わかったよ、反省してるよ。帰ったら真っ先に仕事するよ。
 いつまでも子ども扱いするイギリスにカチンときて、つい酷いことを言ってしまった。目の前の、自分を信じて疑わないこのイギリスに言ったら、どんな顔をするんだろう。
 ――いや、一緒か。
 昔も今も、イギリスは自分を愛しているのだ。たとえそれがアメリカを縛ろうとする独占欲でも。
 昨夜のイギリスだって、相当傷ついたに違いなかった。
 自分を抱いて心底楽しそうに笑うイギリスを見ていると、何が正義なのかわからなくなる。
 そんなことを考えていると、前方にうっすらと、人家が見えだした。
 あぁ、よかった。どこだかはわからないが、とりあえず街はあるようだ。
「下ろしてイギリス、俺、こ……住民と話してくるよ!」
 国民と言いそうになって慌てて言い直す。
 万が一「新しい街」じゃなかったら、風邪だからとかなんとか言って家に戻ろう。ここがどこだか分かれば、家にも帰れるし。
 精一杯駆けてもちっとも家が近づかない。ああもう、なんだよこの体。
 ちら、と後ろを振り返る。イギリスは何か感傷に浸るかのように空を見つめている。
 昔は気づかなかったけれど、イギリスは自分より大人だった分、いろんなことを考えていたんだろう。
 だからって、いつまでも子ども扱いしなくてもいいのに。
「……おーい、誰かいるかい?」
 ついいつも国民に話しかけるノリで家に入ったら、「まあ可愛いぼうや」とかなんとか言われて大変不愉快な思いをしたが、今の自分は演技派なのだ。気にしない、気にしない。
「あたしたちは最近ここに越してきたんだよ、ここは自治植民地さ」
 ほんとに「新しい街」だったようだ。
 すごいぞ俺。やっぱり正義は勝つんだ。
「ぼうやはどこから?」
 家の場所を言うと、それならあっちの旦那さんがこれから行くって言ってたから、馬車に乗せてもらえとかなんとか言う。
 願ってもないラッキーだ。
「おーい、イギ……アーサー! 俺の国み……住民が馬車に乗せてってくれるって!」
「そうか」
 用意された馬車の荷台に二人してよじ登る。体の小さい自分はそんなことにもずいぶん苦労して、最後には苦笑したイギリスが抱え上げてくれた。
 くそう。
 小さいって不便だ。
「お前さんたちは兄弟かい」
 鞭を持った男が気さくに笑う。さすが俺の国民。いい人だ。
「うん、まあね」
 そういうことにしておいた方が、怪しまれないだろう。
 言ってから、何も考えていなかった昔の自分なら、「俺たちって兄弟かな?」などと傍から聞けば不自然極まりないバカな質問をイギリスにしたに違いないと思い、しまったと内心舌打ちした。
 住民には怪しまれなかったが、イギリスには怪しまれたかもしれない。
 演技派すぎるのも考えものだったな。
「はは、そうか。ぼうやはお兄ちゃんが好きかい?」
「うん、好きだぞ」
 やはり当たり障りのない答えを返す。
 それだけのことにすぎないのに、横でイギリスがあからさまに嬉しそうな顔をしているだろうことは容易に想像がついた。なので敢えてそちらに顔は向けなかった。
「優しそうでいいお兄ちゃんだもんなあ」
 まぁ、自分がおとなしくしてるうちは優しいよ。
「うん」
「兄弟仲良くな。これからの新天地での生活にゃ、家族の愛が一番大事だよ、うんうん」
 ――そうかな。
 この新天地で生きていくために本当に大切だったのは、そういう甘えとか依存とか断ち切って、自立しようとする強い心だった。
 イギリスが愛したこの小さな子供の姿で、そんなことを思ったことに対して、少なからず罪悪感を覚えた。ちらりと盗み見たイギリスの顔は、なんだか知らない人のように大人びて見えた。
















 未開拓のアメリカ大陸を幌馬車で移動する、このイメージ大好きです。
 あ、幌ついてねぇじゃん!


(2007/9/3)



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