目が覚めたら、押しつぶされそうな青空。どこまでいっても緑、緑の、人家など見えない遥かな大地。
あぁ、これは。
ひとりはこわいと泣いてばかりいたあの頃の――。
しがつのうた
{1629年 マサチューセッツ郊外}
アメリカはしばらく茫然と辺りを見回して、考え込んだ。
空がとてつもなく大きくて、それだけでもう泣きそうなくらい不安になる。それは自分の体が小さいせいだとようやく思い至って、改めて自身を検分してみた。
よく見れば絹のブラウスに、半ズボンの、毛織物。かつてイギリスがくれたものに違いなかった。
「うわ……ごわごわだなぁ……って俺声高っ……」
手は呆れるほどに小さく、腕も足もひとひねりにへし折れそうなくらい細い。頼りない胸板を両手でぺちぺち叩いて、なぜこうなったのかを思い出そうとした。
今日はまたささいなことでイギリスと口喧嘩して、胸くそ悪いから酒をかっくらって机に突っ伏して寝てしまった。
で。
で、ふと目を開けたらこうだ。
「どうなってるんだ一体……」
もちろん返答はない。
「なんで俺、小さくなってるんだ?」
途方に暮れた。
十分ばかり立ち尽くして、唐突に背後にさく、という足音を聞いた。
「アメリカ……?」
呼ばれて振り返れば、それは見知った顔で、ほっと息をつく。
「イギリス!」
ほんとよかった、いいところで会えた。聞いてくれよ、これは一体、どういうことだと思う?
口を開きかけて、やめた。
遥か高い位置に見上げた彼の顔が、あまりに優しげだったから。
幸せが顔からにじみ出てくるかのような、自分を見下ろす、慈しみの表情。
――ああ、こんな顔、してたんだ。昔は。
当たり前すぎてわからなかった。イギリスが自分に注いだ惜しみない愛。
「……こ、今度は、いつまでいられるの?」
アメリカは、自分でも不自然だと思う笑顔を浮かべて、目の前の彼にそう問うた。
この頃の自分なら、きっとこう聞いただろうと思ったからだ。
自分は未来のアメリカなんだ、もうとっくに君なんかから独立して、一人で立派にやってるよ。
そう言うことも、態度に出すこともできたけれど、なんとなくそれをしてはいけない気がした。これは彼と、彼の愛した子供との神聖な時間なのだ。
ふっと時のイタズラで迷い込んだだけの自分が、汚したり、壊したりしていいものではないのだ。
「あー……、お前の気が済むまで、いてやるよ」
考え込むような間のあと、ふっと笑んだ彼。
あれ、イギリス、こんなこと言う奴だったっけ。
アメリカの記憶の中のイギリスは、いつだって「仕事があるから」と言っては、そのくせ自分が一番名残惜しそうに、翌朝には帰っていった。
そんなイギリスからこんなことを言われたら、この子供はきっとものすごく喜んだんだろう。そう思ったから、そう見えるように演技した。
「ほんと?」
「ああ」
返される笑顔はばかみたいに優しい。
今は絶対、こんな顔しないくせに。
「あ、そうだ! あっちに新しい街を作ったんだ。見てくれよ!」
なんだか見ていられなくて、イギリスの笑顔と反対方向を指さしてわざと明るく言った。
もちろんまるっきり適当に指さした方向。街なんかなかったらどうしよう。いくら自国とはいえ、こんな何もないだだっぴろい場所の地理なんかいちいち覚えてない。
「そうか、すごいな、アメリカは。どんどん大きくなっていくんだな」
切なげな顔をするイギリスに、また違和感を覚える。君はいつだって、俺の成長を手放しで喜んだじゃないか。
――俺に裏切られるなんて、微塵も思わずに。
「う、うん? うん……まあね」
とまどっていると、大きな手に髪の毛をかきまぜられる。
「見に行こうか」
そのままひょいっと抱きあげられて、視界が高くなる。
「わ……」
イギリスがものすごい力持ちに見えて本気で驚いたのは一瞬。
――なんだ、俺が軽いだけか……。
あぁ、昔の俺なら、この頼もしい腕の中ですっかり気分をよくして、新しく見つけた土地とか、イギリスに得意げにいろんなこと話して聞かせるんだろうな。
アメリカが何も言えないでいると、イギリスはアメリカの指した方向へ歩を進めながら、口を開く。
「あぁ、そういえば今日は何もおみやげ持ってこなかった、ごめんな」
「いいよ、そんなの。俺はイギリスさえ来てくれれば」
それは「幼い演技」の一貫として口に出したセリフだったけれど、妙な感傷を呼び起こした。
本当に寂しかったんだ。こんな広いところにひとりぼっちで。どこから襲われるとも知れなくて。
「ずっと来れなくてごめんな」
ごめんなごめんなって、君はホントにわかっていたのかな。
俺がどんなに怖かったか知っているのかな。
もう、どうでもいいことだけれど。
ストーリー展開上、歴史的事件を扱っておりますが、この話はフィクションであり、史実とは一切関係ありません。四月の詩番外編。
(2007/9/2)
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