「情報が漏れてる? どういうことだ!」
「わかりません、でも奴ら、こっちの動きを先回りしてますよ。間違いないです」
情報が誰から流れているのか、イギリスは知っていた。
けれどそれを言うつもりはない。
――あぁ、こんな無意味な戦いは早く終わればいいのに。
そうして、お前がこの大きなアメリカの大地で、大きな空の下で、自信満々に笑う日が早く来ればいい。
「奴らどこまで動きを掴んでるんだ……、おい! 誰か様子を見に行く者はいないか!」
堂々と銃を掲げて隊列に加わる気には毛頭なれなくて、イギリスは手を挙げた。
「俺が行こう」
その辺の民家から奪ったという平服に着替え、植民地側の兵士らしく、申し訳程度に護身用の銃を背負った。
赤い部隊から離れて馬を駆る。
アメリカの居場所なら知っていた。
ほかでもない明日、4月19日、自分とアメリカはあそこで初めて敵同士として対峙するのだ。
夕暮れ時になって、ようやくレキシントンに着く。そこはもうイギリス軍がこちらへ向かっていると情報を受けたのか、あちらこちらに松明が灯り、騒然としていた。
目立つので馬は捨てていく。
遠巻きに揺れる炎を眺めるようにして、しばらく夜風を楽しむことにする。
本気でスパイする気などない。
だって歴史は変えられなかった。
――明日お前は俺に銃を突きつける。
それは「死ね」と同義なのだ。
今日はアメリカに愛想を尽かされる前の最後の日なんだから、少しくらい満喫しても、罰はあたらないだろう――。
受け入れているようで、受け入れられていない。気持ちの整理はいつまで経ってもつけられないままだ。
たぶんそれでいいのだろう。
何も感じずに明日という運命の日を受け流すような、そんな軽い関係を、築いてきたわけじゃないんだから。
泣こうか泣くまいか迷っている。
今なら誰も見ていない、だから、余計に。
泣いて悲愴感に浸るのはさぞかし心地いいだろうが、それはアメリカの決意に対して失礼であるような気もした。
結局お気に入りの歌を、自分にしか聞こえないくらいの音量で、口ずさむ。
深い深い、悲しみの代わりに。
「Alas, my love, you do me wrong――」
間違っていたのはあちらかこちらか、たぶんそんなことは本当はどうでもいいんだ。
結末がどうあろうと、君を愛したこの気持ちを、誇り高らかに唄う――そうこれは、そういう愛の賛歌。
それは喜劇でも悲劇でも、アメリカお得意のハッピーエンドの大団円でもない。
どちらに転んでも意味などない、理由などない、何十億人という人間一人一人が複雑に織りなす人生という不条理。
「Greensleeves was all my joy――」
あぁ、無事に現代に戻れたなら、こんなにアメリカを想っているのに、素直になれなかった自分を謝ろう。
この意地っ張りのせいで、いつもアメリカをイライラさせっぱなしだ。昔からちっとも変わっていない。言いたいことは本当は一つなのに。
「――Come once again and love me」
歌い上げてふと顔を上げると、小さく蹲っている人影が見えた。
暗くてよくわからないが、ここにいるということは、たぶん味方ではないのだろう。
味方から離れて一人でこんな暗がりに蹲っているなんて――具合でも悪いのか?
見つめていると、向こうもこちらに気がついたらしい、さっと立ちあがって臨戦態勢。
その身のこなしに、思わず息を飲んだ。
――そんなはずないそんなはずない。
鼓動が早鐘のようだ。
何も考えずに踵を返す。
だってお前と撃ち合うのは、明日のはずじゃないか――。
(2007/9/1)
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