イライラする、何もかもがうまくいかない。
 ついにフランスにアメリカを諦めさせた。嬉しいはずなのに、素直には喜べない。
 この100年にも及ぶ戦いの中で、アメリカは着実に力をつけてきていた。
 そして当面の外敵フランスがいなくなったことで、アメリカはイギリスの必要性を感じなくなり、イギリスの側は、ようやく本格的な植民地統制に乗り出そうというところ。両者の利害は決定的な乖離を見せ始める。
 アメリカに不信感を抱かせる問題なら山積みだった。
「立ち入り禁止って、それどういうことだい?」
 静かにアメリカが問う。小さな体ではしゃいでいたイメージばかりある彼の、背筋を真っ直ぐにして書類に軽く目を落とすビジネスライクな様は、いやに迫力があって、ついひるんでしまう。
「……ごめん、うちの上司が、ルイジアナは直轄領にしたいって」
 この度めでたくフランスより手に入れた新大陸の土地に、上司はアメリカ住民が立ち入ることを禁じた。
 単なる意地悪でもなんでもなくて、そこには原住民との交渉とか色々大人の事情があったのだが、言い訳がましくて言えずにいる。
 ――俺は、お前が怒ることを、知っているから。
「なんで? だってもうそこに住んでる人たちだっているんだぞ」
「……さあ、あそこは先住民とトラブルが起きやすい土地だから」
 床を見て早口でしゃべる。やっぱり言い訳がましいなぁ、と思った。
「俺の目を見てしゃべりなよ、イギリス」
 アメリカもそう思ったらしい。いやに大人びた口調に、涙が出そうになった。嬉しいとかそういう涙じゃない。これは悲しみの涙だ。
 ――お前の成長を素直に喜べない、もう俺は最低だ。
 どうしてどうして何もかもうまくいかない。
 ――どうしてお前もわかってくれない。
 自分はただただアメリカに嫌われなくて必死だというのに、どうしてこの必死ささえも伝わらないのか。
 だってしょうがないじゃないかおれのせいじゃないんだだからきらわないで、ねぇ、あめりか。
「だから、いきなりフランスからイギリス領になって、先住民族が混乱していろいろ言ってきてるんだよ! ばらばらに交渉すると話まとまんないし、しょうがないだろ!」
 からみつく重さを払拭するように大声をあげた。
 まるで八つ当たりのようになってしまったそれに、我ながらものすごく驚いて、そうしてものすごく後悔した。
 ――ああ、もう。
 アメリカに八つ当たりしてどうするんだ。
 そんなの逆効果でしかないのに。
「そう、わかった」
 アメリカは吐き捨てると、がちゃん、とテーブルを揺らして去っていった。
 テーブルの上に倒れたカップからは、甘い甘い、紅茶の香りがした。
「あぁ、もう……どうしろって言うんだよ……」
 顔を覆って呟いた声は、我ながらものすごく情けなかった。

「イギリス……何、これ」
 結局議会を通過した印紙法。一応直々に説明に行った方がいいだろうと自ら申し出て、アメリカの家にいる。
 書類に一通り目を通したアメリカは、驚いたふうもなく、低くそう言った。
 ――おかしい。
 昔は違った。確かに覚えている。アメリカは書類を見た瞬間、驚いたように目を見開いて、読み進めるうちに真っ赤になって怒ったのだ。
 こんなふうに、静かな怒りではなかった。もっと青臭くて、もっと単純明快な、――今思えば――自立のサインだった。
「……何これって、議会で決まった」
 その激昂が単なる子供のワガママのように見えて、「植民地のはしくれなら、本国の危機に協力するのは当り前だろう」と正論のつもりでかわしたのも覚えている。
「そう……」
 そうってなんだよ。
 他に言うことないのかよ。
 代表なくして課税なし、とか。得意だったろ、昔。そういうこと言って俺につかみかかってくるの。
「うん……」
 アメリカは何も言わない。
 ――なんだ、何かが違う。
 これは、自分が知っている歴史ではない。
 ためらうような間のあと、アメリカが口を開く。
「……でも、その議会にうちの住民の代表はいないよ」
 聞き覚えのある内容に正直少し安堵した。
「それは……俺も悪いと思って……」
 でも議会が。
 イギリスの力ではどうしようもなかった。
 視線をさまよわせると、イギリスの言葉を遮るように、強い声が響く。
「砂糖法といいこれといい、これ以上うちの自治権を侵害するつもりなら、俺にも考えがある」
 は、と思わず顔を上げると、何かを訴えかけるような強い瞳とぶつかった。
 ――アメリカ。
 やっぱり。
 ――やっぱりお前は独立しようっていうのか。
 それきりアメリカは背を向けて、奥へ歩いて行ってしまった。
 自分は追いかけることもできずに立ちつくす。
 今度は違うのに。
 昔は確かにイギリスも悪かった。アメリカが離れるなんて夢にも思ってなくて、なんで最近反抗的なんだろうと、なんとかしなきゃと思い上がっていた。
 でも今度は違う。自分の力で歩いていきたいアメリカの気持ちもちゃんとわかっている。
 それなのに。
 ――ひどい。
 唇をかみしめた。
 ひどいひどいひどい。
 こんなのはひどすぎる。
 ――かみさま。
 どうして俺から二度も、アメリカを奪うのですか。


















(2007/8/26)



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