「あぁ……お金がない」
 あちらこちらで深いため息。
 コーヒーを飲みながら、イギリスはそれを聞き流す。
「何でこんなことになったんだ?」
「そりゃあ、アメリカ防衛にずいぶん手間取りましたからねぇ……」
 ぼそぼそと交わされるやりとり。
 どうしようもなかった。フランスは止めなければいけなかったし、出費に備えてできることは全部したけれど、到底間に合う額ではなかった。
 ――アメリカ。
 ほろ苦いコーヒーの味。紅茶を知ってからは、自分は断然紅茶の方を好んで飲んだけれど、これから繰り返される悲劇を思えば、あまり紅茶は見たくなかった。
 ――どうすれば止められるんだ、この歴史を。
 アメリカを守りたいと思った。
 守った結果がこれ、これが現実。
「やっぱり、アメリカ防衛のための財政難なんですから、アメリカにもそれ相応のものを負担してもらうべきじゃないんですかねぇ」
「そうですな。関税以外にも」
「印紙税なんていかがですか。出版物すべてに、もういっそのこと印刷されたものすべてに税をかけては」
「うーん……なかなかいいアイデアかもしれませんね。議会にかけてみますか」
 これが議決されてしまえば、アメリカとの仲は決定的に悪くなる。
 イギリスは眉間にしわを寄せて、ゆっくり閉じていた目を開いた。
「アメリカは、自治権侵害だと怒るだろうな。砂糖法のときも言ったけど」
 それまで黙っていたイギリスの発言に、国民たちは「またか」という顔をする。
「まあ……そりゃそうでしょうけど」
「そんなの! 誰が守ってやったと思ってるんです」
 そうだそうだ、とその場が騒然として、イギリスは自分の無力をまた悟る。
「絶対に納得しないぞ。植民地側は本国の議会に代表者を出してないんだから」
 そうアメリカが言っていたのを思い出す。
 すごく怒って。
 昔は、自分に対してアメリカがそんな態度を取るのが信じられなくて、信じたくなくて、アメリカの気持ちも考えずこちらもつい意地になった。
 若かった。それを反省したはずの自分にも、歴史の歯車を止めることはできないのか。
「納得しないからといって、奴らに何ができますか。向こうで暴動起こすくらいで、我々に大した影響はないでしょう。所詮植民地なんですよ、本国第一です。カークランド卿」
 あぁ、確かにそうだ。
 ――植民地が「独立する!」なんて喚いて、ホントに独立しちゃったのなんて、お前が初めてだよな? アメリカ。
 だからみんな、そんなこと夢にも思ってないんだ。
 過去に迷い込んでしまったあの日から、アメリカの背はずいぶん伸びた。体格もよくなったし、時々こちらを挑発するようなことも言う。あの日、まだまだできたばかりの街の片隅で再び巡り逢った――あまりの懐かしさに胸が震えた、かわいい子供の姿はもはやない。
 長い長い年月のようで、儚かった夢の時間。
 刻々と近づいているのだ。あの運命の日に。
「……あんまり怒らせると、本国から独立して新しい国になる、と言い出すかもしれないぞ」
 ぽつり、と呟くと、その場が笑いに包まれた。
「そんなバカな、できるわけないでしょう。あっちだってそれくらいわかってますよ」
 ――ああ、本当にそうならよかったのに。


















(2007/8/25)



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