その日、イギリスはフランスにいた。
「お久しぶりです」
「なんだ、今更あんな国に戻れっていうのか」
 チャールズ二世。
「……申し訳ありません」
 処刑された国王の息子とイギリスの会話を、フランスは黙って聞いている。
 心なしか顔がにやついている。
 ちくしょう、だからフランスの家に来るのは嫌だったのに。覚えとけ。
「議会は……議会の尊重を条件に、陛下をお迎えしたいと」
「ふぅん。まぁ、いいよ」
 どうせ彼が戻ってくることは知っていた。
 それでも、ほっと息をつく。
「ありがとうございます」
「あぁ、でもここの料理を食べられなくなるのは残念だな。ダンスも、お菓子も」
 ……そうだった。
 こんな、フランスの野郎なんかのところにいたお陰で、国王は贅沢三昧。
 また国は荒れる。
 精一杯フランスを睨みつけるが、当人は軽くそれをかわした。
 相変わらずへらへらした顔だ。
「おい、イギリス」
 帰り際、呼び止められた。
「なんだよ」
「お前、最近あのチビちゃんとどうなんだよ」
「……アメリカのことか?」
「そ。元気にしてるかー?」
「お前、なんか怪しい。なんか企んでるだろ。アメリカにちょっかいかけるなよ」
 怪しいも何も、そろそろちょっかいをかけてくるころだと知っていた。
 どんなに睨んでも、にやにやと笑う顔は揺るぎもしない。
「いいじゃん。うちのケベックとお隣だろ」
「……まあいい。邪魔したな」
 思いっきりフランスを睨みつけて、踵を返した。
 いいさ、どうせうちが勝つんだから。
 ――アメリカは、お前なんかに渡さない。
「カトリックはいいぞ。なんかぶわーってな、きらきらだしな」
 船旅の間中、チャールズはそんなことばかり言う。
「そうですか……」
 もう疲れた。
 結局クロムウェルは護国卿になって、国民の不興を買って、クロムウェルの後を継いだ息子は追放された。議会は先王の子を国王に迎えようと調子のいいことを言い、自分はこうして彼を迎えにきた。
 何もかも歴史の繰り返しだ。
 自分がどんなにあがいても、変わるものはない。
 それに、クロムウェルがいたからこそ、オランダを制してイギリスが海上覇権を握れるのだ。
 つくづく何のために自分がここにいるのかわからなくなる。
「アメリカ……」
 呟きは聞こえていたらしい。
「どうした? 植民地が気になるか」
「いいえ。まだ……まだ、大丈夫です」
 まだ、100年は時間がある。

「くっそ……フランスめ……」
 これでもかというほど馬を急がせる。
 ――アメリカ。
 アメリカアメリカアメリカ。
「アメリカ!」
 戦場に見つけた小さな体。今にも泣き出しそうな。
「怖かったな……もう平気だぞ」
「うん……」
 頭がカアッと熱くなった。
 フランスとアメリカをめぐって戦うこと。それはわかっていたことだったのに、そして避けられないことだったのに、いざ直面すると理性が言うことを聞きそうにない。
「アメリカ……泣くなよ、もう大丈夫だから」
 ――絶対俺が守ってやるから。
 普段あんなに生意気なアメリカにも、確かにこんな時代があったのだ。
 自分が来るのを、涙をこらえて待っている、守るべきアメリカ。
「またお前は、いい加減にしろよ!」
「またってなんのことだよ」
 にやにやと笑ったフランスの顔。
「なんのことじゃねぇよ、これで何度目だよ。ガツガツガツガツ、みっともねえったらねぇな! 言っとくけど、アメリカは誰にも渡さない!」
 フランスはそれを聞いて爆笑する。
「なんだよ、やけに熱入ってるじゃねぇか……いや、違うか。お前はいつも植民地のことになると必死だもんな。悪い悪い」
 確かにそうだ。いつもハイエナのように人の土地を横取りすることを狙っているフランスのような奴に、せっかく国力注いで手に入れた土地を奪われたくなんかなかった。
 でも、今は違う。
 ――俺は、アメリカを守るために今ここにいるんだ。
 わざわざこんな、過去まで来て。
 全部全部、ただアメリカに、ずっと傍にいて欲しくて――。
 ずっと隣で、笑っていてほしくて。
「……ホントに今日お前必死だなあ。見てるこっちがカワイソウ」
「うるせえよ、だったらどっか行け」
「でもよー、向こうでの戦争が終わらないと引くに引けないっしょ、こっちも」
「じゃあ向こうでも侵略ヤメロ」
「侵略じゃないですー。正当な継承権を主張してるだけですー。お前がいつもいつも俺の邪魔するからいけないんだろ」
「ほっといたら地球は全部お前に侵略されちゃうだろ!」
「じゃあお前もフランスになれ。そして二人で世界をひとつにしよう」
 二人でひとつになろう、とでも言いたげなその態度が心底不愉快だったので、正直に「キモイ」と返すが、堪えた様子もない。
 自分はアメリカを守るのだ。こんなバカのたわごとに、付き合っている暇はない。
 戦況はいっこうに揺るがない。イライラは募るばかりだ。
 動かない戦局も、フランスにバカにされている証拠のようで無性に腹が立った。
「アメリカ、ひとまず隊形を整えて向こうに回ろう」
 振り返ると、アメリカは珍しくしおらしかった。
 よほど怖かったのだろうな、と胸が締めつけられる思いがする。
「……うん」
 あぁ、こんな戦いにもものすごく怖い思いをして、身動き取れなくなってしまうアメリカがいる。自分はもう慣れた。慣れるのに一体何百年要したのだろう。
 それが今では、あのアメリカだ――。
 この世には、知らなくていいことが、慣れなくていいことが、なんて多いのだろうとイギリスはうごめく兵士たちを呪った。
 ――君には見せたくなかった現実。
 大丈夫、今に自分が、フランスも他の国もみんな追い出して、お前に平穏な暮らしを約束しよう。
 たとえそれが独立の一因になったと陰口を叩かれても、この庇護欲は、どうしようもない衝動なのだ。
 ――あぁ、アメリカ。
 最後の最後まで。
 ――お前が俺の手を振り払う最後の最後まで。
 せめて、いらないと言われるまでお前を守り続けたという誇りだけ、胸に抱かせて下さい。


















(2007/8/24)



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