上司が返事を届けがてらアメリカに会いに行ってはどうだと言ってくれたので、ありがたく休暇をいただくことにする。
 勝手知ったる家の中、書斎をのぞくと、アメリカが眠そうに書類と格闘していた。
「アメリカ!」
 びくっと肩を揺らして、振り返った顔には満面の驚き。
「イギリスじゃないか! 来るなら連絡してくれればいいのに」
 小柄な体躯に、幼い顔。
 ほっとする。
 まだ、まだ時間はある。
「いや、急に暇をもらってな。ほら、上司から返事」
 アメリカは手渡された封書をためつすがめつした。
「お前、あんな立派な手紙書けたんだな。……ちょっとびっくりした」
「イギリスのマネだよ」
 そんな気ィ使ったような声出すなよ。
 ――俺は、そんなに傷ついた態度を取っただろうか。
 アメリカの成長なら、手離しで祝ってやりたいのに。
 いやな奴だ。
「そうか? それにしても、いきなり上司に手紙なんて、どうしたんだ?」
「今度のイギリスの上司は王様じゃないっていうだろ。それでほら、イギリスがしばらく辛そうだったから、あんまりいじめないでくださいって、お願いしても無礼にはならないんじゃないかと思って」
 いじめないでくださいって……。
 ――あぁ、そんなに辛そうな顔してたのか、俺。
 がんばって明るく振る舞ったつもりだったのに、少しショックだ。
 何も言えないでいるイギリスにはお構いなしに、アメリカは手紙の封を切った。
「えーとなになに……『ご忠告いたみいります。貴殿の兄上には何かとご迷惑をおかけしてしまいますが、我々は我が祖国の栄光と繁栄のために、尽力したい所存であります。新天地の発展を、一同心よりお祈り申し上げます』って、なんだか小難しくてよくわかんないね!」
 まったくだ。あいつもなんで子供だって言ってんのにこんな堅苦しい手紙書くかな。
「あれ、『P.S.一度本国へ遊びに来てください。私もぜひ、カークランド卿の弟君にお会いしてみたく存じます』?」
 お招きしましょうか、と言って上司がイギリス行きのチケットを手紙に同封したのを知っている。
「イギリス、これ……」
「ああ、お前も一度本国を見てみたら勉強になるんじゃないかと思って。まだまだ発展途上の大陸を離れるのは不安だろうけど。お前、俺んち来たことないだろ」
「え、やった! 行ってもいいのかい?」
 心底嬉しそうなアメリカを見て心がなごむ。
 いくら技術が上がったとはいえ、船旅はまだまだ危険だから、できたらこんな小さな子供には強いたくなくて、小さいうちにアメリカを招くのはやめようと思っていた。
 そんなことを考えているうちに独立されてしまったから、結局独立前のアメリカがイギリスの家を見たことはないのだった、そういえば。
 ――昔も誘ってやればよかったな。
 その日はアメリカの家に一泊して、翌日発つことになった。
 こんなに急なのにいいのかと訊いたけれど、アメリカは得意げに大丈夫さ、と返すだけ。
 どうやら仕事は順調らしい。
 つくづくこいつには国の才能がある。
 自分なんかより、よっぽど。

「ようこそ、我が家へ」
 わざとらしく礼をして招き入れると、アメリカは興味津々できょろきょろと家の中を見回す。
「へぇ、相変わらず古臭いんだな……」
 アメリカが漏らした無礼な呟きに、憎たらしいメガネの顔が重なる。
「は?」
 相変わらずってなんだよ。
 お前俺んち来たの初めてだろう。
 さすがイギリスの家、かっこいいんだね、という反応を想像していたイギリスは、多少ショックを受けた。
「いや、ごめん、なんでもない」
「……いや」
 二人の間に沈黙が降りる。
 耐えきれなくなったのか、アメリカが一際明るい声を出した。
「わあっ、なんか伝統を感じてかっこいいね!」
 ――お前、いつからそんな空気読める子になったんだ。
 複雑な感情のこもった涙が出そうになる。
「そ、そうか……?」
「そうだよ! それより、せっかくイギリスの家にお世話になるんだから、何か手伝わせてくれよ」
「いいってそんなの。お前気がつく子になったなー」
 茶化してみても、この胸を締めつけられるような寂しさは誤魔化しようがない。
「バカにするなよ」
 アメリカは口をとがらせる。
 うん、ほんとにな。バカになんてできないよ。
「うん、ごめんな」
 何も言えなくて、黙っていると、アメリカが心配そうに見上げてくる。
「イギリス?」
 慌てて笑顔を作った。
 ――ああもう、かわいいなあ。
 こんな風に心配してくれるなんて、今じゃ絶対にないのに。
「じゃあ……薪割りでもしてもらおうかな」
「うん、お安い御用だぞ!」
「そうか」
 じゃあお願いしようかな、とアメリカに斧を渡した。
 アメリカは小さな体で重い斧を持ち上げて振り落とす。たまに出す「えいやっ」とかなんとか、そんな子供らしいかけ声がかわいくて、思わず笑みがもれる。
「……お前、うちの上司、どう思う?」
 なんとなく、聞いてみたくなった。
 自分はいったいこの先どうすべきなのか。この子供はなんと答えるだろうか。
 今まで、こんな政治的なことをこの子供に問うたことなどなかった。
(子供扱いするなよ)
 思えば自分はずっと、アメリカを子供扱いしていたのだ。
「へ?」
 でも。違ったのだ。
 この子は子供であって、でもイギリスが考えているような、守ってやらねばならないような、そんな子供ではなかったのだ。きっと、最初から。
 最初から何かを間違えていた。
「どうしたんだい、急にそんなこと訊いて」
「いや、お前、すごい立派な手紙書いてきたからさ。なんていうの、先見の明っていうか、そういうの感じてさ」
「……ちょっと気取ってみただけだよ。君の上司に手紙書くの初めてだったし」
「初めてであんな……すごいよ。だからちょっと訊いてみたい。うちの上司、どう思う?」
 じっと見つめると、アメリカは手を止めて、目をそらす。
「だって……俺は……まだ子供だし」
「いや、お前はすごいよ。お前は、……すぐに俺なんかよりでかくなる」
「そんなことないよ」
 そう言っていやに大人びた目をしたアメリカが、ふっと嫌な記憶を呼び起こす。
(なんでも君の思い通りになると思うな)
「そんなことあるだろ!」
 思わず声を荒げていた。
「どうしたの、イギリス……やっぱり疲れてる? 上司は嫌な奴?」
 返ってきた声はわずかに震えていて、愕然とする。
「いや……いいんだ。ごめん」
 八つ当たりだ。
 せっかく遊びに来てくれたのに。最悪だ。
 こんな奴だから、アメリカは、愛想を尽かして――。


















(2007/8/23)



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