アメリカから手紙が届いた。
 しかもイギリス宛ではない。上司宛の。
 開けるわけにもいかず、上司に手渡す。新しい上司。議会を率いて、革命を起こした。
 国王の冠もない、会話をするのに礼を尽くす必要もない。
 変な感じだ。
 昔もこう思ったことを覚えている。
 上司はしばらく手紙を眺めていた。何が書いてあるんだろう。
 英語ならイギリスが教えた。
 でも、アメリカが上司に向かって手紙を書いてくるなんて初めてだったし、こんなことは記憶にもない。
 イギリスが少なからず歴史を変えようと奮闘したことで、何か歯車が狂ったのだろうか。
「この方は、君のお仲間なんでしたっけ」
「そう。彼はアメリカだ。まだ子供だけど」
「新大陸にも人格があるんですか、おもしろいですね」
 向こうも、会ったことのない国という存在にどう接していいのか戸惑っているらしい。なんだか今のところ、イギリスの方が偉いような上下関係になっている。
 それでも、彼は自分の意見はズバズバ言うし、イギリスが反対しても実行する。議会内での権力は着実に彼に集まりつつある。
「何が書いてあったんだ」
「読みあげましょうか。『拝啓、クロムウェル卿――』」

 この度は突然の手紙、許してほしい。
 君がイングランド国王を誅して自由を実現したこと、本当に喜ばしく思うよ。心からお祝いの言辞を述べさせてもらう。
 しかし国を治めるというのは大きな責任の伴うもの。初めての試みに、不安も多いと思う。そこで、初めて国王に代わって政治を執る君に、俺の最愛の兄アーサーのためにも、二、三言いたいことがある。
 まず、国民に憎まれるようなことをしてはならない。そうなれば、君は国王と同じ運命をたどり、英国の平穏は再び脅かされるだろう。
 アーサーの言うことをよく聞いて、常に国を平穏に保つ努力をしなければならない。
 軍事で人を抑えつけることは決していい結果を生まない。
 君はなんのために国王を廃したのか、それをずっと忘れないでいてほしい。君が第二の国王にならぬよう。
 特に、劇場を閉鎖したりとか、そういう極端な行動に走らないこと。
 植民地ごときが本国の政治に口出しするのもおこがましいと思ったが、本国の平和と自由をいつも祈っている。


「『それでは、お元気で。兄によろしく。敬具。北米ニューイングランド植民地、アルフレッド・F・ジョーンズ』だ、そうですよ。なんで『劇場を閉鎖したりとか』のくだりだけ字が小さめなんだろう……」
 彼の口から出る大人びた文章を、イギリスは茫然と聞いていた。
「この方はまだ子供とおっしゃいましたか? しっかりした文面だ。貴殿の育て方がよろしかったのでしょうね」
 本当に、いつの間にここまで成長してしまったんだろう。
 夜一人でトイレにも行けないあのアメリカが、これを書いたのか? 本当に?
「せいぜいご忠告には従うこととしましょう」
 嘘だ。自分は知っている。
 お前はそのうち議会を牛耳って、軍を盾に独裁を敷く。
 厳しい禁欲を国民に強いて――そう、それこそ劇場を閉鎖して、街には不満の歌が溢れる。
 そこまで思ってから、おかしい、と思う。
「手紙、見せてもらってもいいか」
「どうぞ」
 見慣れた字。よく言えば子供らしく、悪く言えば汚い。
 けれど、これじゃ、これじゃまるで――。
 アメリカは、この後何が起こるか知っているみたいじゃないか。
「何かおかしなことでも?」
「……いや」
 考えすぎだ。
 誰だって、イギリス初の共和政、これくらいのことは想像がつくだろう。
 けれど、昔の自分はわからなかった。何かおかしい、これではだめだと思いながらも、止めることができなかった。
「ふ……」
 思わず自嘲の笑みがもれた。
 この頃から、すでに政治の手腕はあちらが上だったということか。
 すぐに自分から独立して、どんどん大きくなって、今では自分より大きくなってしまった、あのアメリカを思う。
 ――このままあいつを縛りつけて、本当にお互い幸せになれるのか。


















(2007/8/22)



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