一緒にベッドにもぐりこむ。これも今日で終わり。明日からこの子供はまた一人で眠る。
ほんとは早く寝かせた方がいいのだろうけれど、つい甘やかしてしまう。
たくさんくだらない話をした。
イギリスはまた「ちゃんと……するんだぞ」という命令文を繰り返しそうになって、ぐっとこらえる。
「あ、そうだイギリス」
「なんだ?」
「これ、明日の船のチケット。取っておいたから」
渡された紙片は、古めかしい印刷の。それでも確かに「一等席」と読み取れた。
イギリスは軽く目を見開く。
「お前、こんなのいつの間に……」
「俺だってそれくらいの気はきくんだぞ」
ふふふ、と笑ってアメリカはイギリスに抱きつく。
得意げなその態度に、笑みと一緒に思わず涙がにじんだ。
「ありがと」
声を出したら震えてしまいそうで、囁くような声音になる。
きつく抱きしめ返した。
「ねえ、俺トイレ行きたくなちゃった」
「またかー?」
だから寝る前にあんなに水飲むなって言ったのに。
「ちゃんと一人で行けるようになれよ。明日からは一人なんだからな」
「だから、明日からは一人で行くよ」
「……なんだかなぁ」
いけないいけないと思いながらも、アメリカの信頼を肌で感じるこういう瞬間は素直に嬉しかった。
トイレまで小さな肩を押してつれていく。
ちゃんといてね、なんて、かわいらしいことを言う割に、声色はけろりとしたものだ。
手をつないでベッドまで戻った。
「ねぇ、イギリス。俺が――」
「ん?」
アメリカは何かを言おうとして口ごもる。
「……俺が寝るまで、寝ちゃだめだぞ」
なんだ、そんなことか。
「俺がアメリカより先に寝たことあったか?」
「ない」
アメリカがおかしそうに笑うので、一緒に笑った。
そのうち規則正しい寝息が聞こえてきて、アメリカが眠りに落ちたことを確認する。
寝顔を眺めているこの時間は幸せだった。昔よくしたように、すべすべの肌とやわらかな髪をなで続ける。
そうして朝日が昇ったら、静かにここを去るのだ。
――陛下になんて言い訳しよう。
この頃の自分の上司は誰だったか、イマイチ思い出せない。
こんな夢のような時間から、急に現実的なことを思い出してしまって、きゅうと胸が痛くなった。
溜息をつく。幸せなこの時間には似つかわしくない溜息。
どうして幸せなこの時間を、幸せなままで楽しめないんだろう。
なんて不自由な生き物だ。
「イギリス……」
むにゃむにゃと理解不能な声をもらしたあと、そっとアメリカが言った。
耐えきれずに、イギリスは泣いてしまった。
甲板でイギリスはぼーっと海を見つめる。客船といっても、今から考えれば呆れるほど小さな帆船だ。これで帰るなんて、一体どれだけかかるんだろう。道理で一ヶ月も放置されるはずだ。
曇り空が多いロンドンと違って、アメリカの空はいつ来ても果てしない晴天が広がっている。
夢の国、だと思った。
――ここに弟がいる。なんて素敵なんだろう。
初めてそう思ったあの日の胸躍る感動を今も覚えている。
ボストン港の空はうっすらオレンジとも紫ともつかない色に染まって、水平線からは太陽が顔をほんの少しだけ出している。
「ばいばい、アメリカ」
しばらくは怒られて仕事三昧だろうけれど、一段落したらまた頻繁に来るから。
だから、どうか俺に愛想を尽かさないで。
(昔から大っ嫌いだったよ)
そんなこと、どうかこのまま一生言わないで。
(2007/8/20)
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