結局朝まで眠りにつくことはできなかった。
 一晩中、アメリカの寝顔を見つめて考えて、イギリスは一つの可能性に思い至っていた。
 ――俺はホントに、過去に来てしまったんじゃないか。
 これは夢なんかではなく。
 ――それなら、やり直せる?
 自分が間違えて手放すことになってしまったこの子供。
 もう一度、取り戻せる。
 ――俺が昔のバカで青い俺に代わって、未来を変えてやる。
 絶対に独立なんかさせるものか。
 気づけば顔に降り注ぐ朝日が眩しかった。アメリカを起こさないようにして、そっとベッドを抜け出す。
 やたら興奮している。今なら空も飛べそうだ。
 顔を洗って朝食の支度を始める。
 面倒くさがったりせずに、ちゃんとあいつの好きな物を作ろう。
 食事ができたのでアメリカを起こそうと寝室をのぞくと、アメリカはもうすでに起きていて、ぼーっと虚空を見つめていた。
「アメリカ、起きたのか?」
 声をかけるとアメリカはびっくりしたようにこっちを見て、「ああ」とうなずいた。
 いつも明け方に帰ってしまっていたので、今日もベッドに自分がいなくて、本国に帰ったのだと思ったのかもしれない。
 ――ごめんな。でももう寂しい思いをさせたりしない。
「朝飯作ったぞ。早く顔洗っちゃえよ」
「うん」
 言われた通りに小さな体が目の前を走っていく。
 じゃばじゃばと乱雑に洗った顔も拭かずに、楽しそうな顔をこちらに向けた。
「ねぇイギリス、俺大きな船に乗って、イギリスと旅行する夢みたよ!」
「そうか、どこに行くんだ?」
 豪華客船に乗ってアメリカと二人で旅に出る、考えただけでも頬が緩んだ。
「えーとね、セ……なんでもない。すごくキレイな南の海!」
 それはすごく甘美な想像だった。キレイな海なら、スペインからせしめたカリブ海あたりの植民地でもなんでもいいだろう。この時代ならそんな島に不自由はしない。
「そっか、今度連れてってやるよ」
「ほんと? そしたらその船、俺にくれるかい?」
 思い出に、ということだろうか。
 ああ、なんてかわいい子供。
「ん? あぁ、いいぞ」
「じゃあすっごく速い船がいいな! かっこいい大砲がいーっぱいついててさ」
 海軍はイギリスの自慢である。イギリスの船に憧れるアメリカが無性に愛しかった。
「あぁ、そうだな」
「百隻くらいの大艦隊で行ったらかっこいいだろうねぇ」
 子供らしい想像に思わず笑ってしまう。アメリカにはなんでもしてやりたいが、さすがに百隻もの船を理由なしにあげることはできないだろうな、なんて現実的なことを考えてしまったりして。
「百はムリだろ」
「えー、イギリスでも?」
「お前、俺をなんだと思ってるんだよ。そうだな、十くらいかな」
「ほんとかい? 約束だよ!」
 ――ああ、それでお前が独立せずにいてくれるなら、安いものだ。
「わかったからちゃんと座って食べろよ」
 ――この幸せがずっと続くなら、そんなもの。
 そのあともアメリカは銃がもっとたくさん欲しいだのなんだのと色々ねだってきて、昔なら甘やかしてはいけないとほどほどにかわしたところを、すべて与えようと約束してしまった。
 あぁ、これで調子に乗って今より手がつけられないワガママ野郎に成長してしまったらどうしよう。
 今でさえあいつは空気読めないし、バカだし、人に迷惑ばっかりかけるし、自己中だし。
 頭の中に、眼鏡をかけた青年の顔と、自分を小馬鹿にした笑顔が浮かんで、少し泣きそうになる。
 ――どこで育て方間違えたんだろうな……。
 なんで独立しちゃったんだろう。
 こんなふうになんでもワガママ聞いてやれば、本当にお前はずっと側にいてくれるのか。
 もう一度チャンスを与えられたら、この幸せを決して逃しはしないのにと、この数百年何度思ったか知れないが、結局自分はその方法がわからない。
 一日中アメリカの世話をしてぐったりしているうちに眠ってしまったらしい、目覚めるとアメリカが顔をのぞきこんでいた。
「こんなところで寝たら風邪ひくぞ」
 椅子に腰かけて机に突っ伏していたために、少し涎が垂れている。小さいアメリカにそれを見られたくなくて、慌てて拭う。昨夜眠れなかったのがいけなかった。
 ほら、と差し出された布団に、「ああお前こんな気のつく奴だったっけ」と目頭が熱くなった。
 眠ってしまったら、この夢も覚めてしまうのだろうと思っていたが、目覚めた世界は相変わらず昔のままだ。小さなアメリカ。惜しみなく向けられる素直な笑顔。
 ――まだ神は俺を見放してはいない。
 まだチャンスは残されている。


















(2007/8/18)



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