日が沈みきる直前に、アメリカの家に着いた。
 改装してしまった今のアメリカの家とは違う。その家には二人で過ごした思い出が多すぎて、不覚にも歩を進めることができなかった。
「おなか空いちゃったね、イギリス! ……イギリス?」
 呼ばれてふと我に返る。
「あ、ごめんごめん。今日は何が食べたい?」
 昔はよくアメリカに手料理をふるまってやったものだった。今みたいに文句を言ったりせず、「おいしいよ!」と笑ってたくさん食べたアメリカ。
 思い出すと胸が締めつけられる。
「おいしいもの!」
「言ったな、見てろよ」
「楽しみにしてるよ。あ、俺、手伝おうか?」
 そんな殊勝な気づかいにも胸がじわりと温かくなる。
「いいよ、遠出して疲れただろ」
 久々にアメリカに腕をふるってごちそうするとあって、少々張り切りすぎてしまった。
 皿で埋まったテーブルに、子供は瞳を輝かせる。
「いただきます!」
 せわしなく口を動かすアメリカに、目を細めた。
 あぁ、幸せだな……。
 なんて幸せなんだろう。
「イギリスも食べなよ!」
「ああ」
 ずっとこんな時間が続けばいいのに。
 あんなにあった食事がどんどんアメリカの口の中に消えていく。今じゃありえない光景だ。
 食後に紅茶でも淹れてやろうとしてキッチンを覗く。勝手知ったるキッチン。
「あれ、確かこの辺に……」
 いつもおみやげに置いておくはずの紅茶がない。
「アメリカー」
 お前紅茶どうした、と聞こうとして、はっと気づく。
 ――俺この時代まだ紅茶知らねぇよ。
 なんだ、ないのか紅茶……。なんだか落ち着かないな。
「なんだい?」
 顔を覗かせると、一瞬、皿をつつきながらげんなりした顔のアメリカが見えた。自分の顔を見て、すぐに笑顔を作った子供にショックを隠しきれない。
 あ、やっぱりまずかったんだ……。
「……なんでもない」
 そんなに無理して食べなくてもよかったのに。そりゃ明らかにまずそうな顔されたらムカつくけど。
 でも、そんなふうに自分を偽るのが嫌だったんだろうお前は。だったらずっと仲良くやっていくために、思ったことはみんな言ってくれてよかった。自分に気なんか使わなくてよかったのに。家族なんだから。俺はお前の兄なんだから。
(なんだいこれ、犬のエサかい?)
 頭の中を、小憎らしいメガネの青年の顔がよぎる。
 あぁ、でも俺に気を使わなくなったら、そしたらやっぱり、お前は俺から気兼ねなく離れていってしまったんだろう。
 結局、二人じゃうまくやれないのか?

 食後は二人で銃の手入れをしながら、本国の議会制度についてアメリカに教えた。現代の議会制度について話しそうになっては、慌てて言い直したが、アメリカは大して興味もなさそうに聞いているだけだったので、あまり影響はないだろうと思う。
 そのうちに眠たくなったのか、アメリカはあくびを繰り返し、こっくりと舟を漕ぎはじめた。しまいには銃まで落とす。
 しょうがないな、子供だもんな。
「もう寝ようか」
 頭をなでて問うと、こくり、とうなずく。子供特有の大きな頭がそのまま落ちてしまいそうで、イギリスは少し笑った。
 手を引いてベッドに一緒にもぐりこんだ。小さい体はすっぽりと腕の中におさまる。
「おやすみ」
 舌足らずに言うから、どうしようもなく切なくなった。
「おやすみ、アメリカ」
 そっと額にキスすると、アメリカは少し笑って、すぐに寝息を立て始めた。それを見て、囁くように歌っていた子守唄を止める。
「かわいいなぁ……」
 背中をさすったり髪をなでたりしながら、ずっとアメリカの寝顔を見つめた。眠りに落ちた子供の体温は高くて、それだけですごく大切なもののような気がする。
 このままずっと眠りたくなかった。眠って目が覚めたら、ビールを飲み干して寝入ってしまったあの部屋で、ひとりぼっちで、あのかわいくないアメリカには嫌味な笑顔しか向けてもらえないんだ。
 我ながら女々しいことはわかっている。
 思わず顔を覆った。涙が次から次へあふれてきて、もう止められなかった。
 こんなに幸せだったのに、どうして。
 どうして、アメリカ、お前は――。
 まだ覚えている、「なんでも君の思い通りになると思うな」と言って銃を向けたアメリカ。

 あれは1775年4月19日。


















(2007/8/17)



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