小一時間ほどそのまま歩いた。
小さいアメリカをだっこしながらのんびり散歩だなんて、何かおかしいとは思いつつも高揚感が止められない。
いつになく寡黙なアメリカに、いろんな歌を教えた。
そのうちにぽつぽつとアメリカもしゃべり出して、ますます気分がよくなる。
「そういえばこの前フランスの奴が、俺んちの肉の食べ方はおかしいとか文句つけてきてなー」
「それは……ゴホゴホッ……大変だったね! 全然おかしくなんかないのにね! ねぇイギリス! ゴホッ」
他愛ない無駄話。途中でアメリカが盛大に咳きこんだので、慌てて背中をさすってやる。
「……なんだ、風邪か? 大丈夫か? またお前腹出して寝てたんだろ。ちゃんと栄養あるもの食べてるのか? 今も気分悪いのか?」
だから様子がおかしかったのか。気づいてやれなくて悪かったな。こいつすぐ強がって無理するんだから。
「え、平気、平気だよ……ちょっと喉が痛いだけ」
「ほんとに? 今日は早く家帰って寝るか?」
「平気だってば。もう、子ども扱いしないでよ!」
「子供だろ」
背中をボスっと叩かれても、全然痛くなかった。
――あぁ、夢みたいだ。
アメリカ、アメリカ。俺の大事な家族。
もう一度この腕に抱けるなんて、ホントに俺は、頭がおかしくなったんじゃないか。
(昔から大っ嫌いだったよ!)
昨夜のアメリカの声が脳内に響いた。
こんなの、現実逃避にすぎない。
早く目を覚ませ。夢なら、早く。
甘美な妄想に、これ以上どっぷり浸かって、抜け出せなくなる前に。
アメリカは俺の加護を必要としなかった。俺はアメリカの家族として、選ばれなかった。
それが、現実。
何度も言い聞かせたことだ。納得ならもう何百回もしている。
それなのに、今更どうしてこんな夢を見るんだろう。夢にしては、腕にかかるアメリカの重みも、自分に向けられる絶対的信頼も、鮮烈すぎて。
そんなことを考えていると、前方にうっすらと、人家が見えだした。
これがアメリカが言っていた「新しい街」なのだろう。どこだかはわからないが、すごく懐かしい気がした。
「下ろしてイギリス、俺、住民と話してくるよ!」
言うなりぱっと腕を抜け出していってしまった幼い体を、名残惜しく思いながら見つめる。
できたばかりの街には、イギリスから直接持ってきたものが多い。
あぁ、このアメリカが、どんどん俺から離れて、変わっていくんだ。
最初はただのモノマネみたいなこの街も。
そんなに遠い話じゃない。もう百年もすれば彼は独立して、二百年もすれば自分を追い越して世界の大国になる。
「おーい、イギ……アーサー! 俺の……住民が馬車に乗せてってくれるって!」
イギリスと言いかけて、住民たちの存在に気づいたらしい、セリフの後半もなんだか噛みがちにアメリカが自分を呼んだ。
今、俺恐い顔してるかもしれない。
慌てて笑顔を作って、駆けてきた子供を迎える。
「そうか」
乗せてくれるという男はにこやかに迎えてくれた。荷台に乗れと促されて、薪やら家財道具やらが積まれた荷台によじ登る。ところが、アメリカはいつまでも体を持ち上げられずに「えい」とか「やあ」とか言いながらぜえはあと苦闘している。
かわいいなぁ、としばらく眺めていたが、どうも無理そうなのでしょうがなく荷台から飛び降りて、後ろから抱え上げてやった。
「ほら」
「あ、ありがと」
どことなく悔しそうな瞳が本当にかわいらしくて、もうどうしようかと思った。
「お前さんたちは兄弟かい」
問われて、返事に詰まる。ここは怪しまれないように「そうです」と言えばいいのだろうけれど、アメリカはそんなことが分かるような年頃ではない。アメリカが本当に自分のことを兄弟のように思っていてくれなければ、「えー、ちがうよ」とむくれるに違いなかった。
どうしよう、と考え込んでいると、さらりとアメリカが言った。
「うん、まあね」
――あ、どうしよう。
すごく嬉しい。
「はは、そうか。ぼうやはお兄ちゃんが好きかい?」
「うん、好きだぞ」
「優しそうでいいお兄ちゃんだもんなあ」
「うん」
「兄弟仲良くな。これからの新天地での生活にゃ、家族の愛が一番大事だよ、うんうん」
横でやりとりされる会話を聞きながら、なんとなくその会話に入ってはいけないような気がして、イギリスは押し黙っていた。
家族の愛、ってなんだろう――。
もちろん自分はずっとアメリカを愛していた。
今自分を「好きだ」と言ってくれたアメリカ。
それが変わってしまうような愛し方を、自分はした。じゃあどう愛せばよかったんだろう。
何も知らない国民の前では「アーサー」「アルフレッド」の偽名を使うという設定でお願いします。
(2007/8/16)
BACK
Copyright(c)神川ゆた All rights reserved.
http://yutakami.izakamakura.com/