目が覚めたら、押しつぶされそうな青空。どこまでいっても緑、緑の、人家など見えない遥かな大地。
 あぁ、これは。
 かつてちいさなきみにお土産をいっぱい持って、踏みしめた大地――。



四月の詩



 どういうことだろうか、これは。
 イギリスはしばらく自身の頬をつねって、沈黙した。
 自分はこの景色を知っている。この景色の向こう側から、自分を見つけて一番に駆けてくる愛しい子供の姿も、ありありと思い出せる。
「ここは、アメリカ……?」
 それも、もう何百年も前の。
 まだまだアイツが小さな子供だった頃の。
 ふと気づけば、自分が着ている服もどことなく古臭い。なんかごわごわすると思ったら、今どき毛織物を素肌に着るなんてありえない。
 これじゃまるで、時を遡ってしまったかのよう。
「落ち着け、落ち着け俺!」
 昔が懐かしすぎて、変な幻影でも見てるのか。
 今日はアメリカとまた喧嘩した。「また」というほどつまらない言い争い。なんでこんなことになったのだろう、となんとなくノスタルジックな気分になって、夜通しビールを流し込んだ。瓶が全部空になると、布団にくるまってぐちぐちと泣いた。
 いつの間にか理性を失って、気を失って。
 目が覚めたらこれだ。
「夢……じゃないな」
 頬が痛い。

 とりあえず誰もいないのでは話にならない。
 港への道に出くわすなりしないだろうかと闇雲に歩を進める。ひょっとしたら、アメリカに会えるのではないかという淡い期待もあった。
 無邪気に笑う様を見ているだけで幸せだった。本気で自分を家族だと慕ってくれた、俺のかわいいアメリカ。二人でいれば、なんでもできる気がした。
 無益だとわかっている感傷に浸りながらだらだらと足を動かしていると、前方に小さな人影が見えた。
 太陽に輝く金髪。
 本国自慢の毛織物。
 スカイブルーの両眼を遮る忌々しいレンズも、何に憧れたのか愛用して離そうとしない皮ジャンもない。
「アメリカ……?」
 まさか、本当に会えるなんて。
 振り向いた顔を見て、思わず泣きそうになった。
「イギリス!」
 思い出とまったく違わぬ顔で自分の名を呼んだ子供に、心のそこから幸せが爆発しそうなほど湧き上がってきた。
 ――あぁ、今ならたぶん、死んでもいい。
「今度はいつまでいられるの?」
 本当なら、「イギリス!」と嬉しそうに言ったあと、すぐさま駆け寄ってくるはずの子供が、少しぎこちない笑顔でそう聞いた。
 ――そうか。いつも俺が寂しい思いばかりさせているから。
 けれどこれは夢? 現実?
「あー……」
 もしも本当に自分が過去に来てしまったとして、今日は何年何月何日なのだろう。仕事は大丈夫なのだろうか。
 不安そうなアメリカの顔を見て、今まで我慢していたイギリスの中の何かが切れた。
 もうそんなのどうだっていいじゃないか。
 ここにアメリカがいるんだから。
 ずっと会いたかったアメリカが。
 ここに。
 もう離さない。離すものか。
「お前の気が済むまでいてやるよ」
 笑ってみせると、「ほんと?」だなんて訝しげな顔をする。
「ああ」
 ごめんなごめんな、今まで寂しい思いをさせて。
 もう大丈夫。もう絶対、お前の嫌がることはしない。
「あ、そうだ! あっちに新しい街を作ったんだ。見てくれよ!」
 誇らしげな笑顔。昔はお前の成長が心から楽しみで、そんな報告を聞くたびに我が身のことのように喜んだ。
 でも、でも今は知っている。
 そうしてお前は大きくなって、立派になって。
 いつか俺を追い越していく――。
「……そうか、すごいな、アメリカは……。どんどん大きくなっていくんだな」
「うん、まあね」
 胸を締めつけるような感傷を追い払って、無理やり笑った。ぐしゃぐしゃと、まだまだ低い位置にあるアメリカの頭をかきまぜた。
「見に行こうか」
 中腰になって目線を合わせる。イギリスの妙な感傷に気づいたのか、アメリカは何も言わない。
「わ……」
 思わず手が伸びて、抱き上げた体は、ばかみたいに軽かった。思わず涙がにじんで、アメリカに気づかれないように肩口でぬぐう。
 やわらかくて、いい匂いがした。
 いつもなら無邪気にはしゃぎ回っておしゃべりが止まらないアメリカが、珍しく静かだった。自分がこんな風にしんみりしているのがいけないのだろう。子供はなんとも敏感だ。
「あぁ、そういえば今日は何もおみやげ持ってこなかった、ごめんな」
 新しい街があるという方向へ歩きながら、ふと思い出してそう言った。
 そもそもなんで自分がこんなところにいるのかもわからない。
 もう自分には許されないと思っていたポジションに立っている、これはやっぱり夢なのだろうか。
「いいよ、そんなの。俺はイギリスさえ来てくれれば」
 だってアメリカはもう、こんなことを言わない。
「ずっと来れなくてごめんな」
 そのありがたさに気づいていたようで気づいていなかった。本国での仕事があると言い訳しては、何日もアメリカを蔑ろにしたことを思い出して、また泣きそうになる。
 あんなことになるって知っていたら、寝る時間を削ってでも会いに来たのに。
















 ストーリー展開上、歴史的事件を扱っておりますが、この話はフィクションであり、史実とは一切関係ありません。


(2007/8/15)



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